『The Lyrics 1961-1973』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
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『The Lyrics 1974-2012』
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TheLyrics1961-1973 TheLyrics1974-2012 ボブ・ディラン著、佐藤良明訳
[レビュアー] 湯浅学
◆ロックな新訳 身に沁みる
この人の詩は読むものではなく、聴くものだろう、と思い込んでいる人々、あるいはあくまで歌詞なのだから文学的価値は低い、と決めつけている人々、そのどちらにも、お薦めしたい。書物になったボブの歌も、やっぱり濃い味なのだが、歌を聴いているようにすんなりこちらの身に入ってくる。この“新訳”は、聴き込んできた“ボブに自信のある人”たちよりも“これからボブをもっと知ろうとしている人”がより手前に想定されている、と思った。
これまでに、ボブ・ディランの日本語版“全詩集”は、片桐ユズル/中山容訳(一九七四年)、中川五郎訳(二〇〇五年)があった。どちらもそれぞれ愛すべき書物だ。この二つは、訳詩と原詩が分冊になっていた。しかし今回は、同一頁(ページ)に訳と原文が対応するように構成されている。これがすごくありがたい。英語と日本語、両方のリズムを、あまりタイム・ラグなしに感じ取ることができる。
片桐/中山版は、ビートニックな詩人としてのボブ像を描き出していた。中川版は、物語の稀有(けう)な語り部としてのボブを伝えてくれていた。片桐/中山版は少し破天荒で、中川版は作家的だ。
この佐藤良明版は、ロックだ。ビート感が快調で気持ちいい。説明的になりそうなところをルビで補ったり、あえて原文をカタカナ表記にしたりして、ボブの体内リズムを日本語に通わせている。これは実は画期的なことなのだ。
歌(声)とリズム(演奏)があってボブの詞/詩は実体化してきた。それでこそ、ある人々にとっては“文学”となって身体に残った。読み物として書かれたかどうかは重要ではない、と俺は思っている。どう血肉に沁(し)みるかで判断すればいいだけの話ではないのか。その点で、佐藤版ボブは、読むことが歌になる。この訳で試しに一つ二つ歌ってみたら、できちゃった。
ボブの音楽は楽しい。楽しい謎がたくさんある。それがよくわかるこの書物と、ギター構えて譜面台に載せて向き合いたい。コードが記してあったら完璧でした。
(岩波書店・各4950円)
1941年生まれ。米シンガー・ソングライター。2016年にノーベル文学賞。
◆もう1冊
ボブ・ディラン著、菅野ヘッケル訳『ボブ・ディラン自伝』(SBクリエイティブ)