『空に星があるように』
書籍情報:openBD
<書評>『空に星があるように』荒木一郎 著
[レビュアー] 湯浅学
◆1960年代の人々と空気感
六〇年代の荒木一郎の活動、日常を荒木自らが綴(つづ)った。しかし本書は自伝ではない。あくまでも小説だ。ドキュメンタリーのようで、フィクションだ、ということにしておくのが荒木流の現実への配慮であり、あえていうなら慈しみであり愛情表現なのだと思う。
荒木の視線は常に鋭利だった。六十年近くを経ても記憶が劣化していない。そう思えてならぬほど、ゆったりとした筆運びによる描写は鮮やかだ。荒木の体内に保存されていた、その、時と場所と人々が醸し出し漂わせていた空気が、草が芽吹いていくようにページから放出される。読み進むことで登場人物たちと交流していくような、心持ちになれる。
物語の視点の中心にいるのは荒木である。自分以外の人々の感情のありようを冷静に記す。しかしそこにはニヒルな演出やシニカルな視線はない。気に入らなければ反抗し対立もする。我を通すにあたって、物事の道理をわきまえて行動していく。道理の通らぬこと、道理をねじまげようとすることに怒る。クセ者、問題児、不良、とレッテルを貼られることを受け流していけたのは、あくまでも自らのモラルに忠実で、置かれた境遇を細部まで見定めていたからだろう。
様々(さまざま)な恋愛が描かれている。荒木一郎は何故モテるのか、そんな疑問を解くヒントはたくさん記されている。と同時に、荒木の持つ独特な贖罪(しょくざい)意識が人間関係を豊かにしてきたのでは、とも思わせる。
荒木は個性派俳優であると同時に、日本の大衆音楽界で成功を収めた最初のシンガー・ソングライターだ。それゆえに荒木のような存在には前例がいない。成功すればするほど、自主管理自主運営しなければならぬ事柄が増えていく。本書は六〇年代の日本の芸能事情の記録としても極めて貴重だ。荒木の歌の数々の誕生秘話集でもある。
名著『ありんこアフター・ダーク』の待望の続編。六八年までの荒木が描かれている。もちろん続編を心から願います。
(小学館・3300円)
1944年生まれ。歌手、俳優、作詞・作曲家、小説家。66年、「空に星があるように」で歌手デビュー。
◆もう1冊
荒木一郎著、文遊社編集部編『まわり舞台の上で 荒木一郎』(文遊社)