『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』
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大河ドラマ「義経」の人気脚本家・金子成人が描く江戸のほろりと泣ける人情譚
[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)
長屋の人情、親子の情、溢れる情けが胸に沁みる。待望の時代小説新シリーズを書評家の細谷正充が解説する。
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シナリオライターから、時代小説を執筆するようになった人物は多い。しかし、「付添い屋・六平太」シリーズで、金子成人が参入したときは驚いた。現代物のシナリオライターのイメージが強かったからだ。もっとも改めて経歴を確認すれば、NHK総合の『真田太平記』を始め、幾つも時代劇を手掛けているではないか。なるほど、だから時代小説も、こんなにも面白いのかと納得したものである。
そんな作者が、新たな文庫書き下ろし時代小説のシリーズを開始した。『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』(双葉文庫)である。物語の主人公は、根津権現近くに看板を掲げる質舗『岩木屋』の女番頭のお勝だ。『岩木屋』は質舗の他に、『損料貸し』(レンタル業)もやっており、お勝が客と折衝することが多い。もともと馬喰町の旅人宿の娘だったお勝だが、大身旗本家に奉公していた十八歳のときに火事で家族を失った。また三年ばかり道場に出入りし、小太刀の手ほどきを受けている。とにかく曲折の多い人生を歩いている女性だ。
本書は短篇四作で構成された連作シリーズである。第一話の「かみなりお勝」は、主人公と舞台の紹介篇。『損料貸し』で揉めた商家の内情に、お勝が踏み込むことになる。商家の息子の悩みを知り、積極的に動くのだ。お節介焼きで、曲がったことが大嫌いなヒロインの魅力が、この話から早くも伝わってくる。
さらに、お勝が暮らす『ごんげん長屋』の様子も活写されている。植木屋・左官・手習い師匠の浪人・研ぎ屋・町小使・樽ころ・鳶・囲われ女・十八五文と、住人の顔触れは多彩。だけどみんな、気のいい連中だ。お互い様の精神で助け合いながら、お勝は三人の子供たちと一緒に暮らしているのである。なお、お勝の子供たちにも事情があるのだが、それは後に明らかになる。
続く第二話「隠し金始末」は、樽ころの国松が半年前に拾った三両を巡る騒動、ひと月前に妓楼で起きた殺人事件、長屋の新住人の不審な動きが繋がり、ある事件の構図が浮かび上がる。第三話「むくどり」は、旗本に『損料貸し』した刀の刃こぼれから、お勝が事件を察知し、予想外の真相を知る。第四話「子は宝」は、子供たちを巡るストーリーを通じて、お勝の思いもかけない過去が明らかになる。どの話も、先を読ませぬ展開で、大いに楽しめた。その他にも、お勝の鮮やかなチャンバラや、長屋の住人たちの人情など、読みどころは満載だ。
ところで私は、『ごんげん長屋』が、何度も『ごきげん長屋』に見えてしまった。なぜだろう。きっと物語の世界にのめり込んで、ご機嫌な気分になったからだ。だから、このご機嫌なシリーズが、いつまでも続くことを願っているのである。