日本のビジネスに必要なのは、機能面ではなく情緒面。「普通じゃないビジネス書」が伝えるデザインの力

インタビュー

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日本のビジネスに必要なのは、機能面ではなく情緒面。「普通じゃないビジネス書」が伝えるデザインの力

[文] 遊泳舎

2020年7月に刊行された『GOOD DESIGN FILE 愛されつづけるデザインの秘密』(遊泳舎)。これまで数々の外資系企業の経営に携わってきた著者の高橋克典さんが選び抜いた国内外の47製品を例に、デザインの活用法を語った一冊だ。

掲載したのは、サントリー角瓶や無印良品、キッコーマン醤油をはじめとする日常的な製品から、シャネルやバーバリーといった世界を代表するブランドまで幅広く、その全てに画家・イラストレーターの彩蘭弥さんがイラストを添えている。

ビジネス書でありながら、デザインカタログのようでもある本書の魅力に迫りながら、仕事や生活における「デザイン」との上手な付き合い方についてお二人にお話を伺った。

本書とポスター。様々な製品のイラストが並ぶ

経営者の目線で「デザイン」を語る理由

――なぜ、この本を作ろうと思ったのですか?

高橋 デザイナーさんが書いたデザイン本はたくさんあります。経営者が書いた経営本もたくさんあります。では、これを合体したらどうなるだろう、と思ったのが企画の始まりです。

――どんな読者を想定しているのでしょうか?

高橋 ちょっと堅い話になるのですが、ROE(自己資本利益率)という言葉をご存知でしょうか? 2014年に、日本はこのROEが諸外国に比べて極端に低いというデータが発表されました。中小企業はROEなんて別に気にしないのかもしれませんが、私の研究によると、ROEと粗利率ってほぼイコールなんです。つまり、八百屋さんにしても床屋さんにしても、粗利率が非常に低いのが日本の産業の特徴といえます。では、粗利率を上げるにはどうしたらいいのか。そのための方法の一つとして「デザイン」という切り口で書かれた本は、私の知る限りありませんでした。そこで、経営者目線でデザインを取り扱うことで、中小企業はもちろん、街の商店の方にももっと粗利率を上げて欲しいという願いが、本書を書く大きな動機でした。

彩蘭弥 最初にこの本の企画を聞いたときは「しっかりとしたビジネス書だろうな」という印象がありました。ただ、そんなビジネス書にこれだけの量のイラストを入れるというのは画期的だなと思いましたし、より広い層の方に読んでいただけるものになるのではないかとワクワクしました。

――経営者以外の方が本書を読んだときには、どんな風に活用することができますか?

高橋 たとえばこの本にも載っている「SUWADA 爪切り」は2万円もするんです。普通は爪切りに2万円なんて誰も出さないような気がしますが、実際には2万円の爪切りが売れているわけです。理由の一つは自分の身近に素敵なデザインの商品を置いておきたいということ。そしてもう一つは、使い捨ての文化が完全に終わろうとしているんじゃないかということです。「一つの物を10年、20年と長く使いたい」という、要は物を捨てることへの嫌悪感を、特に若い人の多くが持っているように感じます。すると作り手ももっと長く使ってもらえる、飽きが来ないものを提供するべきだし、すでに日本にも世界にもそんな製品はたくさんあるので、その存在を知ってもらうきっかけになって欲しいと思っています。

――素敵なアイテムを知れるだけでなく、「使い捨てはやめよう」と気づくきっかけにもなるかもしれませんね。

高橋 偉そうなことを言うつもりはありませんが、そんな願いもあります。50年、100年とモデルチェンジしない製品は、子どもの代、孫の代まで本当に使えてしまうので、地球環境などへの配慮はもちろん、消費者にとっても純粋に良いことなのではないかと思います。

本文中より「SUWADA つめ切り」。新潟県にある諏訪田製作所が手がける人気商品

彩蘭弥 イラストを描いた私としては、たとえばあまりビジネス書を読んだことがない学生やOLの方などにも読んでいただきたいです。この本は章ごとにトピックが分かれているので、最初のページから最後のページまできっちり読まなくても、自分の興味のあるところから好きな順番で読んでいただいてもいいと思います。

――ビジネス書の入り口として、最初に手に取る一冊としてもオススメということですね。

彩蘭弥 そうですね。薦めた知り合いの方が何人か買ってくださったんですけど、パラパラめくりながら好きなデザインや知っているデザインを見つけると凄く喜んでくれました。「これ知ってるー!」とそこのページから読み始めたりするのを見ると、こんな風に自由に読んでいただけたらいいなと思いました。

「普通のビジネス書」じゃない本になった

――本の制作で一番苦労した点はどこですか?

高橋 私は、掲載した47のデザインを選ぶ作業にもの凄く時間がかかりました。

――それは、良いデザインが多いから迷ってしまったということですか?

高橋 そうですね。しかもそれが100万円もするような製品だけだったら、読者の方にとって別世界のことに思えてしまいますよね。だからサントリー角瓶やキッコーマン醤油のような誰でも知っているような製品から、シャネルやポルシェのような一般の人にとって憧れのものまで、様々な角度から選んでいく作業がもっとも大変でした。

彩蘭弥 私は、本書を親しみやすい本にするのが絵描きの仕事だなと思ったので、デザインの本ではありますが、あまりシャープにしすぎないように気をつけました。優しいタッチで、色味もそんなにどギツくはしないで、「細かく描くより、まろやかに描く」ことを心がけました。

本文中より「ポッキー」。温かみのあるイラストでパッケージの質感を表現している

――イラストを描く中で、特に印象に残っている商品はありますか?

彩蘭弥 やっぱりキッコーマン醤油とサントリー角瓶の二つは、装画用に描き直したということもあって、描き込んだなっていう印象ありますね。

――普段の画家のお仕事と今回のようなイラストのお仕事は、どんな点が違いますか?

彩蘭弥 画家の仕事は自己表現がほとんどなので、言い方に語弊があるかもしれませんが、自己中心的というか、自分の気持ちを前面に出して描いていいものだと思っています。一方でイラストは見てくれる人ありきというか、「その人の心にちゃんと届くように」と心がけて描かなければいけないので、少し考え方は違うかなと思います。ある意味、イラストはデザインにも似た部分があるのかもしれません。

――読者の方に「ぜひここは見て欲しい」というこだわりポイントはありますか?

高橋 冒頭では少し堅いお話をしてしまいましたが、単純にデザインや経営に全く携わってない方でも楽しめるような本になっていると思います。一方で、現役の経営者の方の読書に耐えられる本でもありたかったので、ちょっと欲張ってしまいましたが、文章の書き方もその辺りのバランスを意識しています。結果的に、通常のビジネス書とは全く違う一冊になったのではないでしょうか。

――完成した本を手に取ったとき、どんなことを感じましたか?

高橋 私が今までに出版したビジネス書は、四六判のいわゆる「普通のビジネス書」でした。ところが本書は装丁や紙の質、級数やレイアウトに至るまでかなり凝った仕上がりになっていて、書店に並んだときに同じサイズの本でも相当な差別化ができているなあと思います。まして触っていただくと、紙の触感が一般的なビジネス書と全然違うんです。本は買って読む上で、触り心地がとても大事だと思いますので、そのあたりのこだわりは嬉しかったです。

彩蘭弥 私も本当にそう思いました。凄く綺麗に私の絵がレイアウトされていて、絵の上に文字が被るような部分とか、細部への気配りを感じます。そして、手に取っていただくと、より本書の良さが分かっていただけるのではないかと思います。手の馴染みがめちゃくちゃいいです(笑)。

しっかりとした厚みとマットな質感が醸し出す、ビジネス書らしからぬ佇まい

コロナ禍の今だからこそ読んで欲しい

――本書が出版されたのはコロナ禍の2020年7月です。そこに何か想いはありましたか?

高橋 私自身も経営者ですが、今、日本には約350万と、もの凄い数の会社があります。そのうち、中小企業が99.7%です。日本は中小企業の国なんですよ。だから、やっぱり中小企業が元気にならないと日本経済はよくならないと思います。このコロナ禍で出版したのは偶然ですが、大きな意味があると思っています。多くの企業が今、お客さんの数が減ってると思うんですよ。そうすると、企業が利益を出すには客単価を上げるしかない。すでに日本の商品の品質やサービスは世界でもトップクラスですから、そこから客単価をもう一段階上げるには、デザインの力が必要なんです。作り手や売り手からすると単価を上げたい。一方、お金を出す消費者からすると勝手に値上げされたら困ってしまう。だから、その値上げが納得できる値上げかどうかが大事なんです。

――「納得できる値上げ」ですか。

高橋 卑近な例ですが、小田急線沿線のとある庶民的なお寿司屋さんで、知り合いの内装デザイナーが内装を手がけたんです。そんなにデラックスにしたわけではないのですが、とても良い内装になりました。すると売り上げが倍以上になりました。お店のスペースは変わらないので、当然客単価は上がったのです。消費者の方に納得していただくためには色んな方法があると思いますが、デザインはその中でもかなり有力な方法だと信じています。そしてこのコロナ禍、どんなに小さな街の商店でも、デザインを工夫することによってちゃんと利益を出せるようになると思います。

――他にも、本書に込めた想いはありますか?

高橋 この本は歴史書だと思っています。47製品、それぞれのデザインにストーリーがあって、短いものでも20年、長いものだと100年の歴史がある。だから各製品の秘話を追う短いストーリーブックのように楽しんでいただくこともできます。

本文中より「目次」。キャッチコピーとともに47の製品が名を連ねている

――確かに、ある意味デザインの歴史を記録している側面もありますよね。

高橋 はい。私は本書でそれを紹介した立場に過ぎませんが、歴史の中で生まれたデザインを現代にまで繋いできた人たちがいるんだと思うと、尊敬と感動の念を抱きます。

――本が発売して、周囲からの反響はどうですか?

高橋 私は経営者に接する機会が多いのですが、特に不動産関係の方から「参考にした」という声をいただきました。要は、他社との差別化が難しい業界は、今までお金をかけて広告宣伝をしていたわけですね。そもそも現代では、多くの業界が機能面で差別化するのが難しくなってきています。ではどこで差別化するかというと、情緒面なんですよ。特に日本は、機能面ではトップレベルですが、情緒面ではまだまだ開発の余地があると思います。さらに、経営者の方に留まらず一般の方でも、デザインを意識することによって、生活を豊かにするような発見があるのではないかと思います。

 * * *

高橋克典(たかはし・かつのり)
アルシュ株式会社代表取締役。これまでに「シャルルジョルダン」「住商オットー」「カッシーナ・イクスシー」「WMFジャパンコンシューマーグッズ」など数々の外資系企業の経営に携わる。コンサルティングや講演活動も実施。著書に『ブランドビジネス』(中公ラクレ)、『カッシーナ・スタイル』(ダイヤモンド社)、『海外VIP1000人を感動させた外資系企業社長の「おもてなし」術』(ダイヤモンド社)、『小さな会社のはじめてのブランドの教科書』(ダイヤモンド社)などがある。

彩蘭弥(あらや)
旅を愛する画家。アジアを中心に旅をしつつ、現地でのスケッチをもとに日本画を描いている。東映「神・鬼・麗 三大能」の背景画制作や、株式会社バルコス鳥取店・東京目黒本店の店内装壁画制作など、幅広い仕事を手がける。挿絵を担当した本に『はつみみ植物園』(東京書籍)がある。2017年より毎年、銀座・藤屋画廊にて個展を開催。

取材/構成/写真=遊泳舎編集部

遊泳舎
2020年12月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

遊泳舎

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