芥川賞受賞を予想 選考委員たちの抵抗や忖度は?

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芥川賞受賞を予想 選考委員たちの抵抗や忖度は?

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


群像 2021年6月号

 第165回芥川賞の候補が発表された。今回の候補はこの欄で取り上げなかった作品ばかりになったのでまとめて見ていきたい。

 石沢麻依「貝に続く場所にて」(群像6月号)。同誌新人賞受賞作。ゲッティンゲンに留学中の「私」を、震災で消息が絶えていた野宮が訪ねてくる。9年間の記憶の空白を埋めることができない「私」は、野宮を幽霊と思う観念を振り払えない―。瑕瑾はあるものの、震災への鎮魂歌として完成度が高い。

 くどうれいん「氷柱の声」(群像4月号)。盛岡市出身在住の人気歌人・俳人による初小説。これも震災が主題だ。高校時に被災したが軽微な被害で済んだ「私」のその後の10年間。メディアの欺瞞に苛立った「私」は、被災者たちの一様でない姿に接して自分を取り戻す。好意的に評価して習作といったところ。

 千葉雅也「オーバーヒート」(新潮6月号)。前回候補のデビュー小説「デッドライン」の続編。大学准教授になったゲイの「僕」の生活を、パートナーとの関係を軸に描く。私小説度の高い性的思弁小説。

 高瀬隼子「水たまりで息をする」(すばる3月号)。ある日突然夫が風呂に入らなくなった―、そんなつかみで始まる夫婦の物語だが、出落ち。かました設定に内容が追いついていない。

 李琴峰「彼岸花が咲く島」(文學界3月号)。女が歴史を司る島をめぐる物語。日本語や琉球語を脱構築した架空の言語を複数作り操るなど力業で世界を造り出す前半はいいのだが、後半の島の由来の絵解きがそれを台無しにしてしまう。現実社会への批判意識がナマに出すぎている。

 さて気が進まないが、行きがかり上、予想で締めねばなるまい。作品の出来だけでいけば、石沢麻依「貝に続く場所にて」の単独受賞が順当だろう。だが芥川賞というのは、主催である日本文学振興会の推し(候補作)に対する選考委員たちの抵抗や忖度なども含む複雑な力学で決まるものである。何故?という受賞作が出たり、取り乱したかの酷評が舞ったりするのはそのためだ。というわけで、石沢麻依と千葉雅也の二作同時受賞を予想としておく。

新潮社 週刊新潮
2021年7月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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