開化奇譚集 明治伏魔殿 野口武彦著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

開化奇譚集 明治伏魔殿

『開化奇譚集 明治伏魔殿』

著者
野口 武彦 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065269664
発売日
2022/02/23
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

開化奇譚集 明治伏魔殿 野口武彦著

[レビュアー] 長山靖生(思想史家)

◆時代のうねり、躍動的に

 明治維新は成功した輝かしい変革だと思われている。実際、短期間に大変革を成し遂げたわりには、犠牲者は少なかった。江戸城は無血開城し、廃藩置県も平和裏に断行され、四民平等の世となった。目まぐるしい改革は、人々を自由にする方向へと動いていったはずだ。

 しかし犠牲がなかったわけではない。討たれた佐幕派の人々や不平士族の反乱はもちろん、急激な変化についていけずに没落していった者たちも、相当数いた。そのような者たち一人ひとりにとって、犠牲は人数の多寡は問題ではなく、自分の命が失われるか否かの、文字通りの死活問題であっただろう。

 本書は、そんな大きな時代のうねりを、立体的に描き出した短編集だが、そもそも目をつけた出来事の選択がユニークだ。

 取り上げられているのは五つの局面。まだ彰義隊がいて旧幕勢力も各地に点在する、新日本の帰趨(きすう)がどうなるか揺れている日々を、江戸庶民、それも子供の視点から描いた「崩し将棋」、新時代となって天皇が鳳輦(ほうれん)ではなく馬車に揺られるようになった時局を取り上げた「明治天皇の馭者(ぎょしゃ)」、目抜き通りさえ容易には近代化が進まなかった「巷説(こうせつ)銀座煉瓦(れんが)街」、新技術に惹(ひ)かれる男と贋札(にせさつ)事件の関連を追った「陰刻銅版画師」、そして一種の毒婦物である「粟田口の女」。

 帯には「ネオフィクション」とあるが、著者は江戸研究の大家で、近代文学にも詳しいだけに、まだ江戸と地続きの明治開化期の雰囲気を、該博な知識を存分に活用して躍動的に描き出した。

 資料に裏付けられた俯瞰(ふかん)的な考証論考と、庶民視点の主観的実感が巧みに入り混じり、篤実さと軽妙さを両立させているその手法は、山田風太郎の伝奇的な物語技法とも、松本清張のイデオロギー分析的な権力批判とも異なるものだ。ニュートラルを心掛けた著者の視座が光る。

 時代の中に生きているものは、その意味を十分に掴(つか)み取ることができない。その不安と躍動をわが身に引き付けて読むと感慨ひとしおだ。

(講談社・2310円)

1937年生まれ。文芸評論家。著書『江戸の兵学思想』『幕末気分』など多数。

◆もう1冊

山田風太郎著『明治断頭台 山田風太郎ベストコレクション』(角川文庫)

中日新聞 東京新聞
2022年4月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク