『聖地旅順と帝国の半世紀』
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<書評>『聖地旅順と帝国の半世紀 近代日本の磁場をたどる』渡辺浩平 著
[レビュアー] 長山靖生(思想史家)
◆日露戦争の記憶と思惑
中国遼東半島突端に位置する港湾都市「旅順」には、日露戦争の記憶が染みついている。難攻不落といわれたロシアの旅順要塞(ようさい)攻防戦では、乃木希典(まれすけ)大将の指揮下、多くの兵卒の命が失われた。「聖地」とは多くの戦死者を出したことを言い換えた美称である。
旅順をめぐっては、石原莞爾(かんじ)ら日本の軍人はもちろん、辛亥革命後の中国で清朝復興を目指した肅親王(しゅくしんのう)やその令嬢として生まれた川島芳子など、20世紀前半の東アジア情勢を左右した人々が去来し、様々(さまざま)な思惑が交差した。興味深いのは日本海海戦を描いた『此(この)一戦』で知られる海軍軍人の水野廣徳が、総力戦の惨状を知るに及んで、大戦争の引き金になりかねない大陸進出に異を唱えるようになったことだ。旅順を観光都市にしようという計画の裏には、戦勝記念の意義のほかに、そんな平和への願いもあった。
著者は実際に旅順を訪れ、また多くの資料を渉猟し、この魅力的で厄介な場を定点として、近代日本と東アジアの様々な問題や可能性をあぶりだした。
(白水社・2640円)
1958年生まれ。博報堂で中国に駐在。北海道大名誉教授。
◆もう一冊
『日本植民地探訪』大江志乃夫(しのぶ)著(新潮選書)。サハリン、南洋、中国、台湾、朝鮮半島など。