<書評>『孝明天皇毒殺説の真相に迫る』中村彰彦 著

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孝明天皇毒殺説の真相に迫る

『孝明天皇毒殺説の真相に迫る』

著者
中村彰彦 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784120056857
発売日
2023/08/21
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『孝明天皇毒殺説の真相に迫る』中村彰彦 著

[レビュアー] 長山靖生(思想史家)

◆緻密に大胆に実行者を推理

 歴史作家である著者は、時代考証や歴史研究でも活躍しており、特に幕末維新に関しては定評があるが、タイトルに示された課題をはじめ、新選組や会津藩など幕末維新期をめぐる最新の論考集だ。

 歴史には真相不明で議論が続いている課題があり、その中には歴史の転換点で生じた有力者の死因をめぐるものも少なくない。

 孝明天皇は慶応二年十二月二十五日、疱瘡(ほうそう)で亡くなったとされているが、時期が時期だけに、政局を有利に進めようとした勢力によって毒殺されたのではないかという説が、亡くなった直後から囁(ささや)かれていた。

 毒殺説が表立って論じられたのは昭和十五年、医師で医史研究家の佐伯理一郎が、孝明天皇が疱瘡に罹患(りかん)した機会を捉え、岩倉具視がその妹で女官の堀河紀子(もとこ)を操り、毒を盛ったとの論考を、日本医史学会関西支部大会で発表したのが最初だった。ただし紀子は孝明天皇が病床に伏した頃は、すでに御所を下がって落飾しており、この説は成り立たない。

 それでも戦後は、ねずまさし、石井孝、田中彰らが毒殺説を展開、これに対して病死説からの反論もあり、結局のところ一種の陰謀論としてくすぶり続けていた。

 著者は最新の研究を援用しつつ、新たに置毒の実行者も推定している。研究的な緻密さと作家的推理の大胆さが相まって、かなり説得力のある論述だ。

 とはいえ百五十年以上前の死因の特定は困難だ。モーツァルトにも毒殺説があり、遺髪からヒ素が検出されたともいわれるが、微量で、ヒ素は美白や強壮のために用いられることもあって、結局のところは真偽の結論は出ていない。医祖ヒポクラテスに「技術は長く人生は短い、知識は驕(おご)り易く、経験は騙(だま)され易い。判断は難しい」という訓戒の言葉があるが、名医でも診断は容易ではなく、まして実際の診察や遺体の検証なしに、診断を下すことは誰にもできない。それでも、いやだからこそ、史眼的想像力を誘う魅力が、この主題にはある。

(中央公論新社・1980円)

1949年生まれ。作家。『二つの山河』で直木賞。著書多数。

◆もう1冊

『江戸幕府崩壊 孝明天皇と「一会桑」』家近良樹著(講談社学術文庫)

中日新聞 東京新聞
2023年10月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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