甲子園中止は、「たぶん人生でいちばんキツかった」……ヤクルト・内山壮真が明かした高校最後の夏[後編]

対談・鼎談

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あの夏の正解

『あの夏の正解』

著者
早見 和真 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784101206929
発売日
2022/06/27
価格
605円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

甲子園中止から2年目の夏

[文] 新潮社


内山壮真選手(東京ヤクルトスワローズ・元星稜高校野球部)

内山壮真×早見和真・評「甲子園中止から2年目の夏」

 新型コロナウイルスの拡大により、夏の甲子園が中止となった2020年。自らも強豪校の球児だった小説家の早見和真さんは、石川・星稜と愛媛・済美という二つの名門校の「甲子園のない夏」に密着し、ノンフィクション『あの夏の正解』を上梓した。

 両校の取材を続ける中、早見さんが最も強い印象を受けたのが星稜高校の内山壮真選手の人間性と野球観だった。

 高校3年間、プロからも注目され、チームメイトからの信も厚く、キャプテンとしてプレッシャーを背負い続けてきた内山選手は、同書の中で誰にも明かしたことがない胸の内を早見さんに吐露している。

 あれから2年。ヤクルトスワローズに入団し、171センチという上背ながらも捕手として一軍で活躍する内山選手と早見さんが、オンラインで邂逅した。


小説家の早見和真さん

人生で特別だった「あの夏」

早見 『あの夏の正解』の繰り返しになりますが、やっぱり最後の夏に甲子園がなかったことは特別な経験でしたか?

内山 けっこう、というか、本当に特別なことでした。

早見 あの時は言えなかったけど、いまだから言えることってありますか?

内山 あの時期は、たぶん人生でいちばんキツかったです。

早見 やっぱり、そうなんだ。その部分を言葉にすると?

内山 うーん……孤独でした。

早見 星稜の室内練習場でインタビューを終えた後、ぼくが内山選手に「いま聞いたようなことって、チームメイトの誰かに話したりしてる?」と聞いたら、「いや、話してません」って言ったよね。「それって孤独じゃない?」と質問を重ねたら、「こういうインタビューをされてみて、自分は孤独なんだなと思うようになりました」って答えたんです。ぼくはあの言葉、衝撃だったんですけど、チームメイトがどう受け取るかを考えて、本には盛り込みませんでした。どんな時に孤独だと感じましたか?

内山 とくに緊急事態宣言で学校が休みになった時ですね。実家でずっと一人で練習をしていたんです。近所にトレーニングルームがあって、その部屋の鏡の前でバットを振っていたんですけど、当然、鏡に自分しか映っていなくて――。あの時がいちばん孤独だったかもしれません。

早見 その本当にしんどい時期に、何度もインタビューを受けてくれたわけですよね。取材は嫌じゃなかった?

内山 早見さんの取材のおかげで、自分を見つめ直すことができました。自分の気持ちもわかりましたし、すごくいい時間だったと思っています。

早見 いいよ、無理してそんないいこと言わなくて(笑)。

内山 (笑)。本当です。

早見 ちなみにぼくは「絶対にウッチーはイヤがってるんだろうな」と思いながら取材してたけど。

内山 たしかに最初は「うわ、こんな時に密着取材か」と思っていたかもしれませんが、期間を少しずつ空けて何度も来てくださったので、早見さんと話した後の練習の時間なんかにいろいろと考えることができました。自分にとってはいい時間だったといまは思っています。

 ***

2020年は高校野球のみならず、文化系も含めて多くの大会が中止になり、「かわいそうな高校3年生」と同情が集まった。しかし、早見さんは高校生に向けて、そんな世の風潮に抗って、自分たちが想像もつかない「新しい言葉」を聞かせてほしい、と綴った。そしていま、内山選手の口からこぼれた驚きの言葉は――。

 ***

早見 あの年の高校3年生の内山壮真に、いま一人の社会人として声をかけるとしたら、どんな言葉をかけますか?

内山 「もっと苦しめ」と言うかもしれません。あの時期に苦しんだからこそ、10年後、20年後につながるという考えに変化はありませんし、これからの野球人生の中でも、感じられることの幅が広くなると思うので。あの頃の自分に会ったら、「いましっかり周りを見て、考えて、もっと苦しめ」と言うかもしれないです。

早見 もっと周りを見ることができたと思いますか? あれだけ孤独で、苦しかった時期に。

内山 もっとちゃんと、いろいろ見ることはできたんじゃないかなと思っています。

早見 逆に言えば、いまプロで活躍できている理由のひとつは、あの時、苦しんだことにもあると思いますか?

内山 はい。あの時に苦しんだことで、例えば、いまのヤクルトの強さを実感できている部分もあると思います。


高校時代の内山選手と早見さん。『あの夏の正解』の取材は2020年5月から8月まで続いた

星稜に入って良かった?

早見 星稜の林監督に最後のインタビューをした時、「内山は本当に星稜に入って良かったと思っているのかな」とおっしゃっていました。星稜野球部を選んだことを、いまどう捉えていますか?

内山 星稜じゃなかったらプロにも入れていないと思うので、そこは星稜に入って良かったと思います。

早見 星稜のおかげでプロに入れたというのは、どんなところ?

内山 ひとつ上に奥川(恭伸・ヤクルト)さんという存在がいたりして、本当に良い先輩に恵まれましたし、良い同級生とも出会えたので。そういう環境で野球ができたことが良かったです。

早見 本当に悔いはない?

内山 ありません。

早見 ありがとうございました。以上です。試合前の忙しいところ、本当にありがとうございました。また神宮に行きますね。

内山 ぜひ、いらしてください。

新潮社 波
2022年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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