「目立つのが恥ずかしくて、大きな看板を発注できなかった……」持病発覚のため、開業することになった小児外科医が明かす、涙と笑いの奮闘記

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患者が知らない開業医の本音

『患者が知らない開業医の本音』

著者
松永 正訓 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
自然科学/医学・歯学・薬学
ISBN
9784106109829
発売日
2023/01/18
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「開業医は成功者のイメージ」ってホント?

[レビュアー] 松永正訓(医師・作家)


小児外科医の松永正訓さん

 小児外科医の松永正訓さんが、大学病院を辞めて「松永クリニック」を自分で開くまでの日々を綴った新書『患者が知らない開業医の本音』が好評発売中。

 大学病院に勤めていた「日常」が突然、変わることになったのは40歳の時。解離性大動脈瘤で倒れたのだ。そこからなぜ開業をすることになったのか。そして資金を集め、クリニックを建てる場所を決め、いざ開業してみれば毎日「何か」が起きる日々という。「開業医は成功者なんて、いやいやいや」と即座に打ち消しにかかる著者本人が、新刊で伝えたかった思いを語った。

松永正訓・評「『開業医は成功者のイメージ』ってホント?」

 ちょっと驚いてしまった。と言うのは、本書を作っている途中で編集者から「開業医には成功者のイメージがある」と聞かされたからだ。

 いやいやいや、それはない。みなさんはそんなふうに思っているのかな? 開業医になって16年。ぼくは自分のことを成功者と思ったことは一度もない。

 WEB記事にはこんな言葉もあった。「勤務医=過酷で安い給料、開業医=楽そうでお金持ち」であると。なるほど、それが世間の印象なんですね。これに関してはそれなりに当たっている。

 確かに勤務医の生活は過酷で、ぼくが大学病院で働いていたときは、勤務時間にけじめがなかった。おまけに安月給で生活はアルバイトで成り立っていた。こんなブラック企業はちょっとない。

 妻は、ぼくがいつか過労死するのではないかと不安だったらしい。その直感はほぼほぼ現実になり、40歳のときにぼくは解離性脳動脈瘤で倒れた。死ななくて済んだのはよかったけど、この病気でぼくのライフプランは卓袱台をひっくり返したように白紙になった。クビになったわけではないが、大学病院を辞めざるを得なくなったのだ。

 必死のジョブハンティングの末に辿り着いた結論は、開業医になるという道だった。しかし20年近く象牙の塔にこもっていたぼくは、経営の「いろはのい」も知らなかった。おまけに開業医になるということは、ぼくにとって「恥ずかしい」ことだった。だって大学病院からすれば無用の人間になってしまったわけだから。

 クリニックを作ったとき、目立つのが恥ずかしくて大きな看板を発注することができなかった。玄関に取り付けた看板はあまりにも小さ過ぎて、遠目では文字が読めなかった。業者さんも「これはいくら何でも……」と呆れ、二回り大きいものを作り直すことになった。出費2倍でアホである。

 大学病院時代と比べて確かに収入は増えたけど、では、楽かと聞かれるとそれはちょっと違う。勤務時間が大幅に短くなったのは事実だが、苦労は山ほどしている。

 くしゃみを1回しただけの患者も来るし、白血病の患者も来る。おまけにクレーマーも来る(来なくていい)。開業17年目を迎えても、未だにこの仕事になれないし、自信がない。

 開業医として、もし何かを成し遂げることができたら自分を成功者と褒めるところだが、そんな気配はまるでない。昨日も今日も悪戦苦闘である。そしてまた明日も同じだろう。でも、自分で自由に使える時間を手に入れて、少し心に余裕ができた。このことは本当によかった。

 そんな開業医の舞台裏を本音で書いてみた。きっとおもしろく読んでもらえるだろう。そこはちょっと自信がある(笑)。

新潮社 波
2023年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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