ふらりと立ち寄った温泉宿で女主人と……漫画家・つげ義春の作品が心を揺さぶる理由

インタビュー

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蒸発を渇望した「つげ義春」は、寂れた温泉街に何を見たのか。温泉研究家が迫るつげ作品の魅力

[文] みらいパブリッシング


つげ義春を新たな視点で論じた温泉研究家・岩本薫

日本の漫画史に爪痕を残す作品をいくつも発表した、漫画家・つげ義春。

彼の作品は現在も国内外の幅広い世代から根強く支持されており、2020年2月にはアングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受賞しました。

今回、つげ作品がきっかけで「ひなびた温泉」の魅力に目覚めたほど、自身もつげ義春の大ファンだという温泉研究家の岩本薫さんが、つげ義春さんの作家性と作品について論じた書籍『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』を出版しました。

岩本さんならではの「ひなびた温泉」と「蒸発(突然姿を消すこと)」という切り口で、つげ義春さんに迫ったこの書籍。

その制作過程や、つげ義春さんの考察から見えてきた普遍性を持つ作品の特徴などについて、話を聞きました。

温泉研究家が「漫画家・つげ義春」の評論を書いたワケ

――岩本さん、ご無沙汰しております! 以前、温泉ガイド『日本百ひな泉』の出版の際に取材させていただきました。あれから約2年の月日が経ちましたが、これまでどのように過ごされていましたか?

特に2022年の話になるのですが、僕が初めて挑戦した評論『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』の原稿を執筆していました。この書籍は、昭和に多くの名作を生み、未だ根強いファンの多い漫画家・つげ義春について、彼が作品の中で度々描いていた「蒸発(ある日突然いなくなること)」というテーマと、僕の得意分野である「ひなびた温泉」をキーワードに考察したものです。

原稿を書くにあたっては、考察の鍵となる漫画『ゲンセンカン主人』のモデルとなった大滝屋旅館にも宿泊したんですよ。旅館の建物は新しくなっていましたが、まるで異世界の入り口に来たかのような真夜中の真っ暗な温泉街を歩く中で、つげ義春さんの作品や思考に想いを馳せることができました。

――この1年間は、1月18日に出版された新著の原稿執筆に取り掛かられていたのですね。今回、初の評論ということですが、世界中に幅広い世代のファンがいる「つげ義春」を取り上げることにプレッシャーはなかったのでしょうか。

やっぱり、プレッシャーはありますよね。つげさんには、作品が発表された当時からのコアなファンがたくさんついていますから。ただ、今回の書籍は、そういったリアル世代のファンではなく、世代が一周回って新たにファンになった方を想定して書きました。

つげ義春さんは1960年代後半から1970年にかけて、現在の漫画史に爪痕を残す作品をいくつも発表しました。だからこそ、過去にさまざまな評論が出ているのですが、サルトルの実存主義などが流行っていた時代に書かれたこともあり、非常に難解なものが多かったのですね。僕の書く書籍は新たにファンになった方が読みやすいよう、できるだけ簡単な言葉でつげさんの世界観が分かるようなものを目指して、原稿に取り組みました。


『ねじ式』をはじめ世代を越えて読み継がれるつげ作品の魅力に迫る

――なるほど。岩本さんは温泉に関する本を何冊も手がけていますが、今回はなぜ、つげ義春さんの評論を出版しようと思ったのですか?

つげさんについて原稿を書きたいと思ったのは、およそ5年前に登壇したトークイベントがきっかけでした。つげ義春作品について語る2時間のイベントに、不思議な巡り合わせがあって登壇させてもらったんですね。でも、2時間も話すとなると、ただ「好きです」と気持ちを語るだけでは聞いてもらえないでしょう。だから、そもそも僕はなぜ、こんなにもつげ作品に心惹かれるのかを深く考えてみたのです。

その中で思い至ったのが、僕が最も影響を受けた1968年発表の『ゲンセンカン主人』と、1970年発表の『やなぎ屋主人』という、同じひなびた温泉街を舞台にした「蒸発」がテーマの2作品でした。この2つの作品、実はつげさん自身が蒸発を試みた前後に描かれたものなんですよ。だからこそ、両作品は主人公の行動や蒸発の描き方が少し異なっています。また、つげさんは『やなぎ屋主人』を発表してから16年間は、蒸発をテーマとした作品は出しませんでした。そして、16年後に久しぶりに発表した『蒸発』という作品では、作品としての完成度は高いものの、もう『ゲンセンカン主人』や『やなぎ屋主人』からひしひしと感じられた、つげさんの何か切実なものを感じられない漫画になっていました。

そのことに気づいたとき、「もしかしたら、『蒸発』にこそ、つげさんを深く理解できるなにかがあるんじゃないか」と感じて。そこを掘り下げていけば、これまでにない切り口の評論を書けるように思いました。

そして1年前、つげ義春さんをテーマとしたトークイベントに再び登壇させてもらった際、イベントをオンラインで視聴していたつげさんの息子・正助さんから光栄にも「家族にとっても分からなかった、父の謎の部分が分かったような気がしました」と感想をいただきました。その言葉に背中を押されて、やはりこのテーマで書く意義があると、執筆を決意したんです。

漫画家・つげ義春は「タナトス」を強く持った作家だった

――原稿を書くにあたって大変だったことについても、教えてください。

つげさんの思考の跡を辿ることが、一番大変でしたね。つげさんはとても多くの本を読んできた方ですから、特に彼が心を惹かれて読んだような書籍は、どんなに分厚い本でもしっかり読み込んで、それがつげさんの意識にどう影響を与えたのか考えていきました。つげさんのインタビューやほかの評論から注意深く根拠を選びながら、いかに憶測の範囲を超えた考察ができるか。今回の執筆は、僕としても勉強になりました。

――そのような考察を通じて、改めて漫画家・つげ義春はどのような作家だと捉えていますか?

ポップアートで有名なアンディ・ウォーホルのように、非常に破滅願望の強い漫画家だったのではないかと思います。フロイトなど数々の学者や思想家が語った概念から言葉を借りれば、「エロスとタナトス」のうち、死に向かう本能を表す「タナトス」を強く持っている人。だからこそ、日本の戦後のデカダンス的な私小説を好んで読んだのでしょうし、子どもの頃には現実の生活から逃れるために2回も海外への密航を企てた。自殺未遂や蒸発未遂も、このタナトス的な傾向から来ているのだと思いますね。


つげ義春の世界を体感できる温泉宿も書籍の中で紹介

――なるほど。そのようなタナトス的な志向を持った作家やアーティストは、最近はどのようなジャンルでもほとんど見かけないように思うのですが、つげさんの志向性は、昭和という時代の影響もあるのでしょうか。

僕は影響があると思っています。つげさんが多くの作品を生み出した当時、日本は高度経済成長期を迎え、日本中で街の景色やライフスタイルなど、あらゆるものが様変わりしていました。でも、つげさんはそういう世の中の動きには一切関心を示さず、ついていこうともしなかった。同時期に活躍した漫画家に手塚治虫や石ノ森章太郎がいますが、つげさんは彼らの作品のように、ストーリーを重視した近未来感のある漫画をほとんど描いていません。むしろ逆に、時代から取り残されたようなひなびた温泉を好んで漫画の舞台とし、不条理な構成の物語をいくつも描いていきました。

そして、つげさんが度々描いた「蒸発」というテーマ。つげ作品の中では、ふらりと立ち寄った温泉宿や店で女主人とデキてしまい、そのまま自分もその宿の主人に収まるという描き方をするのが、言わばつげさんの蒸発願望のマストパターンです。そのような表現の中には、つげさん自身が抱えていた生きづらさを昇華させることに加えて、急速に変わっていった時代へのアンチテーゼ的なものもあったのではないかと思います。

実は当時、「蒸発」は歌や週刊誌の記事に書かれるほど流行っていた言葉でした。「蒸発」が流行ったのは、時代の大きな変化についていけなかったり、変わっていく世の中の価値観に乗っていくことができなかったりした人が、実は多かったということの現れではないかと推察しています。そういう意味では、時代の流れに全く興味がなかったつげさんが、唯一時代の流れに乗ったのが「蒸発」だった。そこがなんだか逆説的で、おもしろいなぁと感じます。

いつ、何度読んでもおもしろい。つげ義春のような作家は今後も生まれうるのか?

――改めて、つげ義春作品の魅力についても教えてください。

それはやはり、作品の強度にあると言えるでしょうね。何回読んでもおもしろいですし、1冊手に取ると次から次へと読みたくなってしまう。僕もよく突発的につげさんの漫画が読みたくなって、ガロ時代からの全作品を一気に読み返すなんていう「ひとりつげ祭り」をしていましたが、あの世界観に何度でも浸りたくなってしまうんですよ。かつて、赤瀬川原平さんは「つげ作品はなぜ何度読んでもおもしろいのか? 実は、つげ作品には1作ごとに作者の『必殺するめ固め』がかけられているからに違いない」と言ってました。僕はそれを聞いて「さすが原平さん! まさにそれだ!」と膝をうっちゃうわけですが、本当にそうとしか思えないほどの作品の強度があるんです。

――その「作品の強度」は、時代を超えて通じるものと考えて良いのでしょうか。

そうだと思います。先ほども言ったように、最近はファン層が一周回って、若い方も増えているんです。僕が登壇したトークイベントでも、つげ作品のリアル世代ではない方がたくさん参加されていて、しかも女性率も高かった。これって僕はすごいことだと思っていて。音楽のように抽象度の高いものなら、時代を超えて愛されるのも分かります。でも、漫画はビジュアル的に世界観を表現するもの。最近の漫画はレベルが非常に高いのにもかかわらず、つげ作品にわざわざ触れるというのは、やはり作品の中に普遍的なものがあるからだろうと思います。

――普遍的なテーマを描いたおもしろい小説は、時間をあけて再び読むと「新たな発見」があるものですが、つげさんの作品にもそういう体験があるということでしょうか。

つげ作品は、まさしく文学のような手触りがありますね。今や世界的な小説家になった村上春樹さんは作品のつくり方に関して、よく「心の井戸の奥底まで降りていって、そこにある何かを掴んでくる」というようなことをおっしゃっています。実はつげさんも、村上春樹さんのように漫画を生み出す作家だったのではないでしょうか。だからこそ、作品に普遍性があって、『ゲンセンカン主人』や『ねじ式』のような怪作が多くの人に受け入れられたのではないかと思います。ただ、つげ義春と村上春樹は作品の方向性も大きく異なりますし、2人の類似性なんていうと“超意外”で、それぞれのファンから怒られてしまうかもしれません(笑)。

――なるほど。そのような、つげさんの作家性が特に感じられる作品はありますか?

そうですね。僕としては、特に『ゲンセンカン主人』は本当にすごいと思っています。この漫画は主人公の中年男が、ふらっと訪れた寂れた虚構の世界のような温泉街の旅館の女将と関係を持ち、主人に収まってしまうという物語。主人公は人知れず蒸発した形なのですが、時を経て、今度はその男にそっくりな“現世の自分”が男を脅かしにやってくるという、まるでメビウスの輪のような不条理な物語の構造をしています。詳細はつげさんの漫画や僕の本を読んでほしいのですが、この作品のキャラクターも物語も、頭で概念的に考えて出てくるようなものではありません。こういう天才的な構造の漫画を描けるのは、つげさんが自分の心の中に切実に抱えていたものに入っていったからこそだと僕は思います。


昭和やエロスをテーマに活動する写真家マキエマキさんとのコラボ作品も

――これからの時代、つげ義春さんのような“強度ある作品”を生み出せる作家は出てくると思いますか? ご自身もクリエイターとして活動されている岩本さんの意見を、ぜひ伺ってみたいです。

僕としては、ほぼ出てこないと考えていますね。今の時代の漫画は、つげさんの時代に比べれば作画表現や物語のつくり方がとても発展していますが、そこにあるのはあくまでも「共感」です。

一方で、つげさんの作品にあるのは「共感」ではなく「心の揺さぶり」。しかも、ぬきさしならないような「心の揺さぶり」です。

つげさん自身が自分の内面をありありと描き出しているからこそ、読者もまた心の底の何かが揺さぶられるわけですよ。見る者の何かを揺さぶる作品こそ優れた芸術であって、そういうものは孤独の中からしか出てこない。これからの時代は膨大な情報と前例があるので、テクニック的に進化した作品はたくさん生まれるでしょうが、時代の強烈な変わり目の中で、本当の孤独と向き合って生まれるような作品や作家はもう出てこないのではないかと思います。

実際、つげさんの作品も結婚と子どもの誕生を経て、作風が変わっているんですよ。

――結婚を経て、作風が変わっている。おもしろいですね。

結婚前は『ねじ式』のようなモンスター級の、シュールという一言では済まないような作品を描いていましたが、結婚して家族ができてからは、描くテーマがきちんと作品として対象化されたような作品を世に送り出しています。つげさんは対人恐怖症も持っていましたから、世の中の流れと距離を置き、実際の人間とも離れていたからこそ、独特な感性が磨かれていったのではないかと思いますね。そういう人だから、ひなびた温泉の向こうに甘美な世界を見たのだと僕は考察しています。

――今回の書籍を経て、岩本さんが今後やりたいと考えていることを教えてください。

つげ義春さんについて、また違った切り口から評論を書きたいです。今回は「ひなびた温泉」と「蒸発」をテーマに書きましたが、つげさんは「旅もの」と呼ばれる文学的な作品も出しているんですよ。次はそちらをテーマに、また本を書けたらなと思っています。つげさんの「旅もの」についても考察を深めることができれば、自分の中の漫画家・つげ義春は全部描き切ったことになるのかなと、今の時点ではそう思っていますね。

――最後に、一言メッセージをお願いします。

今回のインタビューの中でもお話したように、つげ義春作品には何度でも戻りたくなるようなディープで抜けられなくなる世界が広がっています。つげさんに興味を持った方がいたら、ぜひ一度足を踏み入れてみていただけたらと思います。

また、僕はつげさんに影響を受けたことで「ひなびた温泉」の奥深さにハマり、ついには「ひなびた温泉研究所」というものを自分でつくってしまいました。ここではさまざまな活動をしており、研究員も募集していますので、興味のある方がいればぜひ一緒に活動しましょう。まさに今、温泉好きのみなさんが喜ぶような新企画を考えているところです。こちらも楽しみに待っていただけたら嬉しいです。

話を聞いた人:岩本薫(いわもとかおる)さん
ひなびた温泉研究所ショチョー/コピーライター
1963年東京生まれ。本業のコピーライターのかたわら、webマガジン「ひなびた温泉研究所」を運営。日本全国のひなびた温泉をめぐって取材し、執筆活動をしている。普通の温泉に飽きたらなくなってしまい、マニアックな温泉ばかりを巡っているので、珍湯、奇湯、迷湯など、ユニークな温泉ネタに事欠かない。ウェブサイト:https://hina-ken.com/

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【漫画家・つげ義春とは】
1960年代、独自性で一時代を画した伝説の雑誌『月刊漫画ガロ』に『沼』『ねじ式』『ゲンセンカン主人』など、それまで誰も描いたことのないシュールで不条理で独特な作品を次々と発表。多くの読者に衝撃を与えた一方、「漫画を芸術に高めた」と注目を集める。
以降、寡作でありながら『義男の青春』『無能の人』などの名作を発表し、熱狂的なファンを獲得。87年に『別離』を発表してから事実上の休筆状態であるものの、2020年には第47回アングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受賞。2022年に日本芸術院会員に選出されたことでも注目を集め、今もなお新しいファンを獲得し続けている。

取材・文: 市岡光子

みらいパブリッシング
2023年2月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

みらいパブリッシング

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