犯罪に使われた包丁を作った職人は罪に問われるのか? 映画化で注目の「Winny事件」が残した課題とは? 担当弁護士が今、語ること

対談・鼎談

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国破れて著作権法あり

『国破れて著作権法あり』

著者
城所岩生 [著]
出版社
みらいパブリッシング
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784434317095
発売日
2023/03/14
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

犯罪に使われた包丁を作った職人は罪に問われるのか? 映画化で注目の「Winny事件」が残した課題とは? 担当弁護士が今、語ること

[文] みらいパブリッシング


天才を潰し、イノベーションを停滞させた原因とは?(写真はイメージ)

松本優作監督・脚本による映画「Winny」が3月10日に公開された。

20年前に起きたネット史上最大の事件といわれる「Winny事件」を描いた本作は、ファイル共有ソフト「Winny」の利用者が著作権法違反に問われただけでなく、開発者の金子勇も逮捕・起訴されたことで注目された裁判を題材にした作品だ。映画では金子役を東出昌大が、彼の弁護士を務めた壇俊光役を三浦貴大が演じた。

「Winny」はデータ共有において画期的なソフトだったが、著作権法に違反するファイル交換のほか、コンピューターウイルスによる個人情報・機密情報の流出が多発し社会問題となった。

犯罪に使われた包丁を作った職人は罪に問われるのか――。弁護団を結成し、金子の逮捕の不当性を主張したサイバー犯罪に詳しい壇俊光弁護士は、7年半に及ぶ戦いの末、無罪確定を勝ち取ったが、この事件によって日本が失ったものはあまりにも大きかったという。

Winny事件が日本のイノベーションにどんな影響をもたらしたのか? 日本の司法が配慮すべき点はなんだったのか? 日本と海外の著作権法をとりまく環境と問題点を掘り下げた1冊『国破れて著作権法あり―誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか―』に収録された中から、著作権法に精通した国際IT弁護士・城所岩生さんと前述の壇俊光さんの対談を一部抜粋・編集して紹介する。

 ***

城所 インターネット掲示板「2ちゃんねる」開設者で、YouTuberとしても活動するひろゆき氏は「LINEでの動画共有とかビットコインなどの仮想通貨とかに使われているP2P技術の最先端がウィニーだったので、金子さんがいれば、日本発の技術が世界で使われて、世界中からお金が入ってくるみたいな世の中にできたかもしれなかった」と指摘しています。先生も「逮捕直後には存在しなかったユーチューブやアイチューンズなどの新しい技術が事件中に出てきて、日本のビジネスを駆逐した」と残念がっていますが、まず、このあたりからおうかがいできますか?

壇 金子さんの作ったウィニーは、情報流通の効率性の観点から言えばよく考えられていると感じました。著作権侵害のための技術ではないのです。この長所を生かしてやるにはどうしたらいいのかというと、配信エンジンだなと思っていました。当時のマーケットは、ユーザーがアップロードしたものがあると、JASRACから訴えられてつぶされる、もしくはNHKから訴えられてつぶされるというのがセオリーで。実際ジャストオンライン事件とかも、ユーチューブライクなものを日本でやってつぶされてますよね。そういうところがあって、ユーザーアップロードを許すサービスはできないなと。

 ユーザーがアップロードするのではなくて、コンテンツ事業者が配信するものでやったら、ウィニーの持っている配信能力をすごく生かすことができるんじゃないかということで考えたのがスキードキャストでした。最初の構想を考えるときに、金子さんは、100のどうでもいいノードよりも、1の優秀なノードのほうがはるかにネットワークの効率を上げると、全体の効率を上げるということを言ってたんですね。

 これは、金子さんのウィニーで得た経験的なところで、そのノウハウというのは金子さんしか持ってないのでこれを使わない手はないと考えました。その優秀なノードって何だろうと考えたときに、サーバーがあるじゃないかと。そういうことでサーバーとP2Pのハイブリッド型の配信システムを作ろうということになったんですね。これは売れるだろうと思った。しかし、難しかった。当時のコンテンツ事業者の、コンテンツをネットに出したくないという考えが大きかったですね。

城所 そこがアメリカと違うところですかね。ユーチューブみたいなのもあったんですか。

壇 ユーチューブライクなものも当時の日本には何個かサービスがあって。ユーザーがアップロードするものに関しては、全件監視しているものとか。例えば、フジテレビが始めた『ワッチミー!!TV』というのがありました。社員が全コンテンツを監視していたそうです。そんなことをしたら人件費がかかっちゃってビジネスとしては無理なんです。でも、そうしないと著作権侵害するユーザーがでてきて、ジャストオンライン事件みたいに訴えられてつぶされるということで、仕方なしに監視していた。

城所 ユーチューブに一番、削除要請したのは日本のテレビ局でしたよね。

壇 ユーチューブもいろいろ言われたんですが、向こう(アメリカ)で訴えられたのは、向こうで勝ち切ったので。例えば、バイアコムvsユーチューブの訴訟のように「のるかそるか」の戦いに勝ち切ったのが大きいです。日本では簡単に負けちゃう。それは裁判所の理解度の差ではないかなと思うんですよね。

刑事にこそ必要なフェアユース

城所 理解度の差はあるけれど、著作権法には刑事罰がありますよね。権利者としては、刑事でいったほうが訴訟費用もかからない。

壇 そうですね。アメリカの著作権法は連邦法で一応刑事罰はあるんですが、こんなビジネスとビジネスの戦いに首を突っ込むのはおかしいという感覚を持っているみたいで、なかなか刑事事件にはならないんですよね。

城所 それと、フェアユースが大きいですよね。民事でフェアユースが成立するかもしれないような事件に、民事より立証責任のハードルが高い刑事で勝てる見込みは少ないですから。

壇 それはあると思います。フェアユースが一番効果的なのは、実は刑事なんですよね。民事も、フェアユースの有り無しで有利・不利がありますけども、刑事事件の場合はフェアユースで無罪を取られたら困ると、起訴を断念することが増えると思うので、一番効果的なのは、多分、刑事の分野かなとは思いますけどね。

城所 前述のとおり、日本の無罪率の低さは際立っていますが、日本の検察は精密司法とよばれるように、有罪が見込める十分な証拠が得られた事件のみ起訴するため、有罪率が高くなる傾向があります。確かにフェアユースがあれば、その抗弁が成立しそうな案件は起訴を差し控える効果を考えると、刑事にこそフェアユースが必要かもしれませんね。

 ウィニーよりも前にP2P技術を採用したナップスターは7000万人使っていたんですよ。全人口の4分の1が使っているにもかかわらず、刑事事件にはなりませんでした。

壇 日本の刑事罰というか、刑事事件のレールに乗ると、頭のいい議論ができないんですよ。幇助とは何ぞやみたいな感じで。で、検察は、一人でも悪いことしたら、幇助だみたいなことを主張してくる。そういう議論の中にイノベーションというのは入ってこないんですよね。

城所 1994年に起きたアメリカ版ウィニー事件で地裁が引用した判決が1985年のダウリング事件最高裁判決。そのときに米最高裁は、「これまで司法府は、大きな技術イノベーションが著作物の市場を変えるような時には議会に敬意を表してきた。議会はそうした新技術に避けられない様々な対立する利害を調整する権限と能力を持っているので、それは裁判所の役割ではない」と言った。

 ウィニー事件についても岡村久道弁護士は、著作権法の枠組みで科学技術の将来が決められていいのかと問題視してますよね。

壇 ソニーのベータマックス訴訟でもアメリカの裁判所は「パーラメント(議会)なんだこの問題は。」と言ってますよね。常に日米の差は感じます。日本だと人を殺すのを助けたのとどう違うんだ、みたいな話になってくるんですよ。包丁とかそういう話がほとんどで。包丁じゃないでしょと。イノベーションでしょ、ということを僕は言いたかったんですけど、刑事の議論には乗ってこないですね。なかなか。

 民事だったらある程度そういう議論に乗る部分もあるんですけど、それでも日本もフェアユースがほしいですね。ただ、フェアユースの規定がなくてもある程度はフェアユースのような議論に乗せることはできる。刑事になるとまったく乗らない。刑事で日本のイノベーションを決めるというのは、僕はすごく反対です。同じようにコインハイブ事件も似たような背景があります。新しい収益の技術の話なのに、ウイルスかどうかということを延々といわれてて。それぐらい刑事裁判所というのは、イノベーションということに対する理解度が少ないとは思います。

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城所岩生(きどころ いわお)
国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)客員教授。米国弁護士(ニューヨーク州、首都ワシントン)。東京大学法学部卒業、ニューヨーク大学修士号取得(経営学・法学)。NTTアメリカ上席副社長、成蹊大学法学部教授を経て、2009年より現職。2016年までは成蹊大学法科大学院非常勤講師も兼務。2015年夏、サンタクララ大ロースクール客員研究員。著作権法に精通した国際IT弁護士として活躍。著書に『米国通信戦争』 日刊工業新聞社、『米国通信改革法解説』木鐸社、『著作権法がソーシャルメディアを殺す』PHP新書、『フェアユースは経済を救う』 インプレスR&D、『JASRACと著作権 これでいいのか~強硬路線に100万人が異議』 ポエムピース、『音楽を取りもどせ!コミック版 ユーザー vs JASRAC』 みらいパブリッシング など。

壇俊光(だん としみつ)
弁護士。北尻総合法律事務所所属。元Winny弁護団事務局長。日頃は、大阪を中心にITと法律に関わる問題や各種訴訟案件を取り扱っている。著書に『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』インプレスR&D。

みらいパブリッシング
2023年3月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

みらいパブリッシング

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