『北関東の異界エスニック国道354号線 : 絶品メシとリアル日本』
- 著者
- 室橋, 裕和, 1974-
- 出版社
- 新潮社
- ISBN
- 9784103549819
- 価格
- 1,760円(税込)
書籍情報:openBD
北関東に潜む強烈な非日常と、その先にある移民社会の日常
[レビュアー] 岡田悠(会社員兼作家)
『ルポ新大久保』や『日本の異国』で、「日本に生きるアジア人」を描いてきたライターの室橋裕和さんが、エスニック街道と呼ばれる「国道354号線」を取材した『北関東の異界 エスニック国道354号線 絶品メシとリアル日本』を刊行した。
北関東を東西に走る国道354号線に沿って、移民ベルト地帯が形成されている場所を旅し、彼らのコミュニティに招かれ、「食」をともにした室橋さんが、日本の屋台骨を支える「見えない人々」の姿を浮かび上がらせた本作の読みどころとは?
全都道府県踏破、世界70カ国以上を訪れ、webメディアなどに発表した旅行記で絶大な人気を博す岡田悠さんが、本作の魅力を語った。
***
8年くらい住んでいる街に、急に子どもが増えた。通勤路にも子ども、家の前にも子ども。すれ違うのは子連ればかり。いつの間にか少子化が解決した?
もちろん違う。子どもが増えた理由は、僕に子どもができたからだ。自分に子どもができた途端、周りの子どもに目がいくようになった。これまで素通りしていたのが不思議なくらいに、街は赤ちゃんだらけだった。他にもベビーカー用のスロープとか、ベンチだけある小さな公園とか、幼児における「ストライダー」の人気っぷりとか。子どもができてから、それまで無意識に素通りしていた景色にやたらと気づくようになった。僕が思っていたより、近所の日常はずっと多様だった。
僕らをそういう隠れた非日常に誘ってくれる存在は、なにも子どもに限らない。『関東の異界 エスニック国道354号線』もまた、日常から非日常への案内人である。
本書の舞台は、北関東を東西に走る「国道354号線」。群馬県の高崎から始まり、栃木県の小山や茨城の古河を経由して、最後は太平洋沿いの鉾田市まで至る道路だ。エリアとしては正直、ちょっと「地味」なイメージがあるかもしれない。僕も友人が住んでいるので何度か訪れたことがあるが、道が広いなあとか、チェーン店の看板がでかいなあとか、そんな印象だった。栃木県の小山には「おやまくま」というシロクマの可愛いゆるキャラがいて、そいつを探して歩いた記憶がある。
だが著者曰く、北関東に対するそういった認識は「シロウト」なのだという。実は北関東の国道354号線沿いこそ、とびきりの刺激溢れる異界だという。
例えば、伊勢崎はイスラム教徒が多く住むイスラミックシティらしい。同じく群馬県の大泉はリトルブラジルであり、ブラジルレストランの勢いに押されて幸楽苑が撤退したほど、至高のブラジル料理が堪能できるという。
栃木の小山に至ってはパキスタン人の城下町であり、巨大な中古車オークション会場には日本中からパキスタン人が集まり、億単位のお金が動く。著者がオークション会場や町で、パキスタン料理を食べ歩く様子はまんま異国の旅行記であり、あと普通にめちゃくちゃ旨そうで涎が出る。こんな場所が、小山にあったとは。おやまくまを探している場合ではなかった。
他にも、僕がこれまで訪れた海外の国でも、例えばイランはイスラム教シーア派で珍しかったなあ……とか思ってたけど、茨城県にはシーア派のモスクがあるらしい。
あとインドのアムリトサルという街を訪れた際に、シク教寺院でターバン姿のインド人たちがずらりと座って食事をしている姿に圧倒されたけど、これも同じ景色が茨城にあるらしい。茨城すごすぎ。最初から茨城に行けばよかったかも。
こんなふうに豊富な事例を通じて、いつもは素通りしていた非日常に気づかせてくれるのがこの本だ。異国にいかずとも、日本にはたくさんの異国があった。
◇
本書のもう一つの特徴は、国道354号線に住む人々のリアルに、とことん迫っているところにある。北関東に外国人が多いと言っても、彼らがみんな現地に溶け込んでいるわけでもないようだ。最終章で登場した地元の日本人は、こう述べている。
「外国人は、透明なんですよ」
現地に住んでいても、そうなのだ。そこら中にいたはずの子どもに僕が気づかなかったように、街にいるはずの外国人に目が留まらない。外国人側においても、生活するのに必死で、地域と関わらないようにしている人も多いという。彼らから見れば、日本人の方が透明なのだ。
あるいは不法労働者に、技能実習生をこき使うブラック経営者。あるいは難民になれない難民に、高齢化する外国人。移民を取り巻く問題は重層的で、北関東も決して「多文化共生」のような美辞麗句で片付けられるエリアではない、と著者は語る。
「外国人が人口の約1割にまで達したとはいえ、いや、だからなのか、日本人との距離はあまりに遠い。それが北関東の現実だろう」
少子高齢化で、農家の働き手が足りない。そんな農家で不法労働者たちが働き、地域経済を支えているという。「必要」という線だけで、繋がっている関係性も多いのだろう。
だが一方で、本書は「やっぱり共生って難しいよね」といった安易な結論で終わることも、またない。
長らく地域と断絶していたが、子を通じてようやく地元に溶け込み始めた移民。
フィリピンパブのギャルに弄ばれるパキスタン人。
茨城vs栃木のクリケット大会で白熱するあまり、母国から元プロを連れてくるスリランカ人。結局、喧嘩になって地元の日本人から苦情が来て、それをまた日本人が仲裁する。
ときには理性で、ときには剥き出しの感情で、ふれあったり、いがみあったりしながら、適切な距離をはかり合う人対人のリアルが、強烈なエピソードとともに迫ってくる。
◇
茨城県古河市にある「フラップタウン」。ハラルショップと日本のラーメン屋が同居するような混沌としたエリアだという。ここのコスプレカフェで働く日本人アイドル「るなちゃん」の言葉が、僕には印象的だった。
「うちの近くにも、外国人がよく来る食材店があるんですよ。前はそういうの見て、『こわいなー』とか思ってた。でも、お店で働いて、外国人と話すようになってからは『あ、いるなー』みたいな(笑)」
非日常は、どんな日常にでも隠れている。
そしてひとたび非日常に目を向けてみれば、その非日常がまた少しずつ、日常へと回帰していく。
本書はそんな北関東の非日常に触れ、そしてその先にある移民社会の日常を暮らすための、格好のガイドブックといえる。