『日本語の発音はどう変わってきたか』
書籍情報:openBD
パパ→ファファ→母 発音激変の謎を探る
[レビュアー] 林操(コラムニスト)
近ごろ稀少な高度に知的なミステリ―なんて能書きで中公新書(しかも著者の釘貫亨は日本語音声史の研究者)を紹介したら首を傾げるだろうけど、まずは書き出しだけでも覗いてみて。
ほら、驚くでしょ、ツカミが強力で。古代語はどう発音されていたか、それが現代語に至るまでどう変わるか、変化の理由や結果は何だったのか。そういう謎と答えが、わずか4頁の「はじめに」で簡潔に、しかし大胆に明かされてる。思い出されるのは、「××が××一家を殺したのは、××ができなかったためである」と始まる某名作推理小説で、つまりはこの『日本語の発音はどう変わってきたか』、話の頭で事件の全容が見えるのに、だからこそ先を読まずにいられない倒叙ミステリなのよ。
倒叙モノの醍醐味は、犯人捜しではなく動機や手口の探索。本件の場合、奈良時代、母という言葉はパパと読まれたとか、それが平安以降はファファに変わるとか、そういう発音の変化の概要はアナタもご存じでしょう。が、実は事件はもっと数多く幅広く奥深かった(超連続発音激変)とか、発音の転変の謎また謎を時代ごとの名探偵たち(本居宣長も主役級)はどう解明していったのかとか、読みどころが満載。
太古の万葉仮名が人名では今なお現役やら、扱う情報の量が増えると言語が激変するやら、ナイスな蘊蓄も山盛りで、いやこの本、ただの学者モノ・日本語モノの新書だと思い込んでたら、もったいなすぎます。