『安倍晋三回顧録』
- 著者
- 安倍, 晋三, 1954-2022 /橋本, 五郎, 1946- /尾山, 宏, 1966- /北村, 滋, 1956-
- 出版社
- 中央公論新社
- ISBN
- 9784120056345
- 価格
- 1,980円(税込)
書籍情報:openBD
元首相の死から半年で世に出た史料価値に富む貴重な証言集
[レビュアー] 倉山満(憲政史研究家)
話題作である。憲政史上最長の任期を務めた総理大臣のインタビュー本が、没後わずか半年での出版である。証言は実に生々しい。
たとえば、皇室に関して、「内奏の話はできません」と言いながら「陛下のご意向」を語り、「令和」決定以前に有力候補だった元号も具体的に挙げる。外交交渉では、当時のメイ首相から「日英同盟」を持ち掛けられた、米国のNSC(国家安全保障会議)と組んでトランプの本性を隠し続けた、等々の秘話が満載。政局に関しても、対立した石破派の政治家(実名、いまも現役の代議士)を「一本釣りして驚かせてやろう、と考えた」などと勝ち誇り、小泉純一郎元首相には「育てられたとは思っていません」と吐き捨てる。四百頁近く、この調子が続く。一度は出版に「待った」がかかったとのことだが、当然だろう。
通常、回顧録(本書は正確にはインタビュー本)の史料等級は低い。公開を前提とされており、自己正当化や関係者への配慮が付き物だ。記憶違いにも留意しなければならない。だが本書は、それら回顧録に付き物の欠点を踏まえても、興味深い記述に溢れている。安倍晋三元首相の息遣いが聞こえてきそうだ。
在任時に執拗に追及された「モリカケ問題」についても、「安倍晋三はこのような認識だった」との記録が残るのは貴重だ。「モリカケ」に限らず、どの問題でも「二度にわたり政権の座にあった人物が、そのように認識していた」という事実は興味深い。
政治家のものに限らず、回顧録を読むときのコツは二つ。一つは、何が書かれているかを並べ、矛盾がないかを見抜くこと。もう一つは、何が書かれていないかに気付くことだ。
安倍元首相は「歴代総理の中で、自分ほど財務省と戦った首相はいない」と随所で語る。しかし、並べると、「民主党政権の失敗は増税だった」→「8%消費増税を覆すのは難しいと思っていた」→「10%消費増税を延期するには選挙しかなかった」となる。では、そこまで理解していながら、なぜ8%増税の直前の参議院選挙で増税延期を訴えなかったのか、疑問が残る。
書かれていない点では、政権末期の検察庁法改正問題について検察官の実名を挙げて能弁に語り、自己の立場を説明する。一方で、政権に楯突いた財務省事務次官の名前は出てこない。
歴史学とは、あらゆる史料を用いて事実を再現する学問である。大著だが、史料価値は高く読みごたえがある。