今も亡霊がいると信じられている台湾の町を舞台にした、引きこもり、自殺…そして殺人【夏休みおすすめ本BEST5】
レビュー
川本三郎「夏休みおすすめ本BEST5」
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
このところ次々に出版される台湾の小説はどれも想像力豊かで面白い。
陳思宏『亡霊の地』。
台湾中部の田舎町の九人家族の物語。現代が舞台だが、町ではいまだに亡霊がいると信じられている。
引きこもり、自殺、同性愛者に対するいじめ、家庭内暴力、大地震、国家権力による容共分子への弾圧、そして殺人。
次々に事件が語られるが、過剰に誇張された語り口がユーモアを生む。寓話のようなおおらかさがあり、ラテン・アメリカ文学の豊饒な世界を思わせる。最近読んだ翻訳書では出色の面白さ。
シニア世代なら子供の頃誰もが小学館の学年別の学習雑誌を読んだのではないか。古内一絵『百年の子』はその学習雑誌をモチーフにしている。
若い女性編集者が「文林館」の創業百周年記念事業に関わることになる。はじめは気が乗らなかったが、祖母が戦時中にこの会社で働いていたことが分かり、社の歴史に興味を持つ。
学習雑誌は社の創業者が子供の教育のためと発案した。大正十一年の創刊。社長は小学校しか出ていなかった。学年別雑誌は世界でも他に類がないという。
戦時中、軍部の圧力で、子供向けの雑誌も戦争賛美をせざるを得なかった。その負の歴史もきちんと書き込んでいるのは立派。
ジャズというと発祥の地アメリカのことばかりが語られるが、実はフランスでもジャズ文化は受容された。
宇田川悟『パリの空の下ジャズは流れる』はフランスでのジャズ受容を丹念に追った力作。
第一次世界大戦のさなかアメリカが参戦し、多くの黒人兵士がヨーロッパに渡った。彼らがやがてパリを拠点にジャズを演奏して広めていった。パリはアメリカ本国に比べ人種差別が少なかったのが幸いした。
ジャン・コクトー、ボリス・ヴィアンら作家たちがジャズの魅力を語ったことも大きい。
博識の著者はさまざまなエピソードを紹介するので楽しく読める。例えばジョセフィン・ベーカーとシムノン、グレコとマイルス・デイヴィスが恋仲だったという意外な事実が語られる。
ジャズを映画音楽に使ったルイ・マルの『死刑台のエレベーター』など映画の話題が豊富なのもうれしい。
日本の夏は、戦争の死者への追悼の季節。
千和裕之『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』は、宝塚のスターで、稲垣浩監督『無法松の一生』のヒロイン、そして広島の原爆の犠牲になった女優の本格的な伝記。
宝塚のスターだから裕福なお嬢さんかと思いきや、岩手県の小さな村の出身で大変な苦労をした人というのは意外で共感する。
二〇一九年八月に死去したドイツ文学者の池内紀さんは山好きだった。『山の本棚』は氏が好きだった山の本を紹介している。池内流博物誌になっている。