『山の本棚』池内紀著(山と溪谷社)
[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大教授)
「山と溪谷」誌に足かけ13年にわたり連載された読書エッセイであり、著者の急逝により153回での終了を余儀なくされた。
書名にも山が付いているからその方面の本ばかりかと思いきや、山に生息する動植物に関する本や、海の本、旅にまつわる本や食べ物の本も登場する。中にはまったく山と関係ないのではという本もこっそり並んでいる。結局著者偏愛の主題をめぐる、いつもの愉(たの)しいエッセイ集であって、池内文学のファンとしてはそれで満足なのである。
たまに新刊の署名本を買い求めると必ず添えられている独特の味わいがあるイラストも、カバーを始め色々なところにちりばめられている。ぶっきら棒ともいえる簡潔な文体は、取りあげる対象を不思議と鮮やかに切りとっているから一度で頭に入ってくる。人物のことを書く場合でも、著者一流の視点から見事な一篇(いっぺん)のポルトレとなっており、著者が遺(のこ)したあれやこれやの小伝集を思い出した。
これまで著者からどれほどの恵みを与えられてきただろう。この最後の恵みからも、別の世界への入り口をいくつも教わった。