「西加奈子さんの言葉は、いつも私を鼓舞してくれる」『炎上する君』ふくだももこ監督インタビュー

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炎上する君

『炎上する君』

著者
西 加奈子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041005675
発売日
2012/11/22
価格
704円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「西加奈子さんの言葉は、いつも私を鼓舞してくれる」『炎上する君』ふくだももこ監督インタビュー

[文] カドブン

取材・文 熊倉久枝

 日々、女性への抑圧に憤る、親友同士の梨田と浜中。その怒りをぶつけるがごとく、脇毛を生やした姿で踊るパフォーマンスをしていたふたりが、ひょんなことから高円寺に出没する「炎上する男」を探すことになる――。
 すべての女性たちにエールを贈る、ちょっと奇妙なシスターフッドムービー。その原作は西加奈子による同名短編小説だ。西自身とその作品を敬愛する、ふくだももこ監督は、本作をどのように生み出したのか。本作公開に際して、想いの丈を語ってくれた。

「西加奈子さんの言葉は、いつも私を鼓舞してくれる」『炎上する君』ふくだもも...
「西加奈子さんの言葉は、いつも私を鼓舞してくれる」『炎上する君』ふくだもも…

■映画『炎上する君』ふくだももこ監督インタビュー

■西さんの言葉には異様なパワーがあるんです

――本作は、梨田(うらじぬの)と浜中(ファーストサマーウイカ)という女性ふたりが高円寺に出没するという「炎上する男」を探すことから始まります。そして、見つけた男は文字通り脚が燃え上がっている……というシュールな物語です。「炎上する男」曰く「歩くことによる摩擦で燃える」とのことですが、本作のタイトルの“炎上”というのは、つまり“周囲との摩擦を恐れず、違和感を受け流さない人”ということなのかと考えましたが、どうでしょうか。

ふくだももこ監督(以下、ふくだ):ありがとうございます! 素敵な感想ですね。この作品って、観た人みんながいろんなことをそうやって考えてくれるので、私もそれを聞いて気付くことや発見することが多くて面白いんです。

――では、監督は、西さんの描く小説世界の魅力をどんなところに感じますか。

ふくだ:誤解を恐れずに言うと、やっぱり語気の強さです。西さんの言葉は異様にパワーがあって、そこがとても好きです。読んでいると背中や胸をどんと叩かれて、鼓舞されるような感覚になる。西さんの作品を読むといつだって、そのとき私が悩んでいることやモヤモヤしていることが、そこに既に書かれているんですよ。“え、なんでわかったの? なんで私のこと知ってるの?”という気持ちになるんです。不思議ですよね。きっと西さんの本が好きな読者はそういう感覚を得る方が多いんじゃないかなと思います。

――本作は原作から変わっている箇所がありましたが、特に梨田と浜中が「大人になってから出会った親友」という設定に変更されていたのが印象的でした。

ふくだ:最初は原作のようにふたりの高校時代の回想も入れようとしていたんです。でも作品全体のテーマが原作とは変わっていきまして、その中で自然となくなっていきました。原作はルッキズムや“男性から選ばれない、女性としての自分たち”というところにフォーカスがあって、学生時代はそういう鬱屈した悩みが顕著に生まれると思うんです。でも原作が書かれて13年経っていることもあり、映画では現代の女性が感じていることをルッキズム以外でも幅広く描いていきました。このふたりの関係性も新しく構築したほうがいいんじゃないかと考えて、今の形になっていったんです。

「西加奈子さんの言葉は、いつも私を鼓舞してくれる」『炎上する君』ふくだもも...
「西加奈子さんの言葉は、いつも私を鼓舞してくれる」『炎上する君』ふくだもも…

――そもそもは、主演のうらじぬのさんが最も魅力的に映る物語として、この原作を選ばれたそうですね。監督が思う彼女の魅力は?

ふくだ:私は惹き込まれる個性的な顔の人が好きなんです。うらじさんに関しては彼女が所属している「子供鉅人」という劇団がすごく好きで、芝居に対する信頼感もありました。だけど、うらじさんがこの映画にこんなに合うと思わなかった。予想を超えてうらじさんが梨田でした。

――梨田というキャラクターは監督の中で、どんな存在ですか。

ふくだ:私は彼女に憧れはもちろんありますし、彼女のような明確な意志をもって生きたいという思いがありますね。梨田は身の周りの理不尽や不条理が許せない人。そこに梨田って、ちゃんと揺らぎがあって、生々しい人間らしさもある。私の中ではそういう不思議な存在です。また、彼女たちふたりの関係性にもすごく憧れます。自分を心底から理解してくれる、こういう人がいれば誰もが幸せだろうなと。

――その親友・浜中役のファーストサマーウイカさんは俳優としていかがでしたか。

ふくだ:最高でした! ウイカさんはバラエティ番組でよく拝見していて、以前からすごく好きだったんです。鋭く物事について話す姿や発言に共感してしまいますし、その忖度のなさが素晴らしいと思っていて。お会いする前のイメージと、現場でのウイカさんが乖離する瞬間がまったくなく、そこも嬉しかったです。

「西加奈子さんの言葉は、いつも私を鼓舞してくれる」『炎上する君』ふくだもも...
「西加奈子さんの言葉は、いつも私を鼓舞してくれる」『炎上する君』ふくだもも…

■子育てしながら撮影現場にいられる体制作り

――本作の梨田は抑圧を感じる女性たちの象徴でもあるように思いました。彼女は世間の女性への抑圧に対して、「世の中そういうものだ」とならず、理不尽や女性の不遇に対して怒り続けていますね。

ふくだ:きっと彼女は、浜中とふたりでいるから怒り続けられるんです。そこがいいですよね。私はこの映画と向き合うたびに、ふたりを見て、やっぱり人間ひとりではどうにもできないな、仲間がいないとダメだなって、つくづく思いました。

――自分を振り返ると、歳を重ねてから“若い女性に自分と同じ苦労をさせたくない”と思うようになったことで、世間の理不尽に対して少し怒れるようになった気がします。

ふくだ:私は、25歳頃から“下の世代のために何かをしなきゃ”となぜか思っていたんですよ。自分もまだ若いのに使命感があって(笑)。自分の世代で何かが完璧に変わるというのは難しいと思うけど、少しでも次の世代が辛い思いをしなくて済むように、ダメなことはダメとちゃんと言わなきゃいけないなと思います。

――逆に、上の世代の女性からもらったものはありますか。

ふくだ:それこそ、西加奈子さんにはたくさんの言葉をもらいました。たとえば、出産報告をしたら「産前産後は人生で一番人に甘えていい時期だから、何でも遠慮せず言ったほうがいいで」とアドバイスをくれて。それら一つひとつの言葉はずっと心に温めてますし、身近な人が妊娠や出産したときは絶対言うようにしています。

――西さんご自身とも、素敵な関係性があるんですね。ところで、監督は今後、どんな作品を撮っていきたいとお考えですか。

ふくだ:まだ具体的なところは言えないんです。ただ、最近は私の映画を観て、何かを感じてくれた人からオファーが少しずつ来ていて、蒔いてきた種から芽が出始めた時期なのかなって。その映画業界などの方たちが、みんな『炎上する君』を観た後は少し涙目になっていたので、私自身励みになっているというか。“やってきたことが間違ってなかったんだな。同じ方向を見ている人たちに声をかけてもらえているな”という思いで嬉しくなっています。

「西加奈子さんの言葉は、いつも私を鼓舞してくれる」『炎上する君』ふくだもも...
「西加奈子さんの言葉は、いつも私を鼓舞してくれる」『炎上する君』ふくだもも…

――今作では、積極的に女性スタッフを採用していったとお聞きしましたが、映画、映像業界で女性スタッフの方たちが増えることで、これまでとは違う作品が生まれていきそうで楽しみですね。

ふくだ:まさにそう思います。ここ数年で女性プロデューサーが増えて、ちょっと前までは考えられなかった光景が現場で広がっているのは、すごいことですよね。また、今回一緒にやったプロデューサーは男性ですが、私の言葉を一から十までわかってくれる稀有な存在。こういう方は滅多にいないです(笑)。

――監督とプロデューサーは、映画作りにおいて、二人三脚的な存在でしょうから、お互いの本質をどう捉えているかは大切なことですよね。それを思うと、まさに梨田と浜中のように「もう1人の自分」と言えるくらい己の本質を理解してくれる人がひとりいれば、この世界は十分なのかもしれないと思ったんです。いま、お話を伺う中で、監督にとってプロデューサーや西さんは、それに近い存在なのかなと勝手ながら感じました。監督はどう思われますか。

ふくだ:私の場合は、親密な人がいるから、外に向いて真っ直ぐ人と繋がることができるんだろうし、逆にそういう人がいなかったら歪んだ形でSNSなどにすがっちゃう気もします。でも、いま言っていただいた言葉は、すごくおもしろいですし、私自身も本当は“この人だけでいい”と思える関係を求めているのかもしれません。映画や小説の力を信じている人の言葉だと思いました。私自身も小説を読んでそういう感覚を得られることが多いんですよね。たとえば、読み終わった後に“この小説があれば生きていける”と思えることがある。私の中ではそれは映画も同じなんです。

――小説や映画という形を通して、人間の生きる姿に出会い、時に共感できたり、慰めたり、励ましをくれる。それが映画や小説の素晴らしいところですね。

ふくだ:本当にそうだと思います。この映画が観た人にとって、“人生にこれさえあれば生きていける”と思える出会いになると嬉しいです。

■プロフィール

ふくだももこ
1991年生まれ、大阪府出身。映画監督、小説家。日本映画学校を経て、短編映画の監督や脚本家として活躍し、小説家として「えん」で第40回すばる文学賞佳作を受賞。2019年に『おいしい家族』で長編映画監督デビュー。近年の監督作に『君が世界のはじまり』(20年)、 『ずっと独身でいるつもり?』(21年)など。また、『かしましめし』(23年/テレビ東京)など、ドラマの監督も務めている。

KADOKAWA カドブン
2023年08月09日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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