覚えておいて損はない、確実に知名度が上がる作家とは? 海外でも高く評価された短編集の魅力

レビュー

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黄金蝶を追って

『黄金蝶を追って』

著者
相川, 英輔, 1977-
出版社
竹書房
ISBN
9784801936355
価格
990円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 SF・ファンタジー]相川英輔『黄金蝶を追って』

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 この人の小説をもっと、もっと読みたい。6つの短篇が収められた『黄金蝶を追って』(竹書房文庫)を手にする読者の多くがそう思うことだろう。著者の名は相川英輔。既に何作かが英訳され、高い評価を受けている。覚えておいて損はないどころか、これからさらに知名度が上がること確実の作家なのだ。

 冒頭に置かれた「星は沈まない」は、東京湾沿いの埋立地にあるコンビニに「オナジ」という名のAIシステムが導入され、初老の店長とオナジが心を通わせていく物語(この最初の一篇を読了した読者がSNSに興奮気味の感想を相次いで投稿したことから、著者の実力は窺い知れるというもの)。オナジの、思いやりと節度のある受け答えに人の善なる姿が投影されていて、心がじんわり温かくなる。こんな未来は決して悪くないと思わせてくれる。

 続く「ハミングバード」の語り手は、町の不動産屋で働く三十代の裕子。彼女はある悩みを抱えている。気に入って買ったマンションの部屋に、前の所有者・中年男性の大江さんが半透明の姿(!)で存在しているのだ。幻覚? それとも幽霊? 職場の後輩の目にも大江さんはちゃんと見えるらしい。彼の生死を確かめてみると――。

 思いつきそうで思いつかない、新鮮で優しいホラー。ハミングバードというタイトルの意味が分かる洒落た結末にこの作家の非凡さがあらわれている。

 残る4作も素晴らしい。水泳で五輪出場を目指す大学生が不可思議な時間の出現を経験する「日曜日の翌日はいつも」、絵を通じて友情を育んだ少年二人の人生を、魔法の鉛筆を介在させて描いた表題作「黄金蝶を追って」、地球から六百光年離れた開拓惑星で肉体労働をさせられる受刑者の運命がせつない「シュン=カン」、そして一番最後の「引力」は、ノストラダムスの大予言が世間を賑わせていた1999年7月のある日曜日の話だ。27歳の葉子が朝食のテーブルで、時々餌をやっていた野良猫が裏庭で死んでいると母親から聞かされる場面から始まる。猫を近くの山へ埋めに行くため、知り合いの大学生とともに短いドライブに出かける葉子。彼女は予言が当たることを、実は強く願っていたのだった。

 あの頃の自分自身も、空から降ってくるという「恐怖の大王」が何なのか、馬鹿にしながらもかなり気になっていたことを思い出す。死にたくないとは思っていたけれど、それは「生きたい」だっただろうか? と、ラストシーンで鼻歌を歌う葉子の心模様を考えながら、当時の奇妙な興奮を思い返した。

 ひとつひとつが独立した物語となっている短篇集だが、ぜひ最初から順番に読んでほしい。途中で「彼」の存在に気付くはずだ。前の方に一旦戻って「彼」の台詞を確認したら、その間に流れている長い長い時間にぜひ想いを馳せてほしい。

新潮社 小説新潮
2023年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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