『中国の死神』大谷亨著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

中国の死神

『中国の死神』

著者
大谷 亨 [著]
出版社
青弓社
ジャンル
歴史・地理/旅行
ISBN
9784787220998
発売日
2023/07/14
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『中国の死神』大谷亨著

[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)

謎の伝承に迫る珍道中

 表紙に写っている、真っ赤な長い舌を垂らした、ユーモラスで恐ろしい人形、それが中国の民間信仰に出てくる「無常」という中国の死神だそうだ。「中国で最も有名な神にして鬼の一つ」だそうだが、日本ではほぼ知られていない。それどころか、中国でもその歴史や背景は謎に包まれている。

 この「無常」に魅せられた著者が20代を費やし、中国各地で2年半に及ぶフィールドワークをまとめた博士論文を書き直したのが本書。世の中には何というテーマの本があるものか。しかもこれが無類に面白い。

 「無常」を採集し、観察し、考察する。無常採集の基本装備から始まるゆるふわ系かと思いきや、どんどんガチ度が増していき、最後の結論へとなだれ込む。

 様々な民間伝承を著者は追いかける。富を与え、また奪う猿の形をした山●や、道行く者の魂を奪う摸(も)壁(へき)鬼(き)などと、時に合体し、換骨奪胎し、変化する。その道筋を丹念に辿(たど)っていく熱量に圧倒される。カラフルな写真と共にぐいぐい展開される文章の密度とユーモアがすごい。

 そしてまた本文もさることながら、コラムとして描かれる「無常珍道中」。これがまた面白いのだ。

 西に噂(うわさ)を聞きつければ駆けつけ、東に文献を見つければ飛び込み。方言に翻弄(ほんろう)され、お祭りを追いかけ、天罰にあい、したたかでちゃっかりした地元の人々に騙(だま)され助けられ。数少ない手がかりを元にようやく辿り着いた貴重な壁画は、補修を試みた地元民の手でゼリービーンズさながらに派手派手に塗りたくられ、原形を留(とど)めていない……。

 にこにこ読んでいるわたしは気楽だけど、実際はさぞや大変だったろうなぁ。自宅に居ながらにして中国漫遊した気持ち。世の中にはすごい本があって、すごい本を書く人がいるものだ、と呆然(ぼうぜん)としながら読み終えた。(青弓社、2860円)

読売新聞
2023年11月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク