『木曜殺人クラブ』
- 著者
- リチャード・オスマン [著]/羽田 詩津子 [訳]
- 出版社
- 早川書房
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784150019716
- 発売日
- 2021/09/02
- 価格
- 2,310円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
やりたいことはほとんどできる
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「定年」です
***
イギリスには定年退職した人たちがまとまって暮らす「リタイアメント住宅」というシステムがあるようだ。高齢者用のサービスも受けられるが、何よりも、健康な退職者たち同士が新たなコミュニティを作って賑やかに暮らせるというのがアピールポイントらしい。
リチャード・オスマンの『木曜殺人クラブ』は、そうした住宅の中でも先端を行く「イギリス初の高級リタイアメント・ビレッジ」が舞台である。とはいえ住人は富裕層ばかりではなく、獣医や精神科医、看護師や労働運動家など、さまざまな経歴の人たちが集まっている。いずれもいまだ意気軒昂で、老け込むには早すぎると思っている連中ばかり。なかでも強い刺激を求める面々は「木曜殺人クラブ」なる集まりを作り、元警官の提供する未解決事件のファイルを研究して探偵気分に浸っている。ところがビレッジ関係者の殺人事件が起こり、彼らは嬉々として真相解明に乗り出す。
「人はある年齢を超えたら、やりたいことはほとんどできる。医者や子どもたちを除けば、やめろと言う人もいない」。腹を括った恐いものなしの境地が頼もしい。素人集団の奮闘には童心に返ったような楽しさがある。イギリス小説伝統のおとぼけユーモアもいい味わいで、迷惑顔の現役警官たちとの共同捜査が愉快だ。
ただし健康状態が悪化した住人は別棟に移されて介護を受ける。終わりの近さを意識しているからこそ、老いてなお盛んな日々がひときわ充実するのだ。