『静寂の技法 最良の人生を導く「静けさ」の力』ジャスティン・ゾルン/リー・マルツ著

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静寂の技法

『静寂の技法』

著者
ジャスティン・ゾルン [著]/リー・マルツ [著]/柴田 裕之 [訳]
出版社
東洋経済新報社
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784492047460
発売日
2023/09/06
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『静寂の技法 最良の人生を導く「静けさ」の力』ジャスティン・ゾルン/リー・マルツ著

[レビュアー] 西成活裕(数理物理学者・東京大教授)

情報の渦 心を保つには

 先日、知人のピアニストのコンサートに行き、初めてジョン・ケージが作曲した「4分33秒」を聴いた。といってもご存じの方も多いと思うが無音の曲で、ピアニストは何もせずにピアノの前に座っているだけだ。始めは会場はややソワソワした雰囲気になったが、そのうち静まり返り、多くの人が同じ空間で黙って過ごす、という不思議な体験をした。

 まさに本書のテーマがこの静寂の力で、癒やしや生産性向上など様々な効果が紹介されているとともに、静寂が失われつつある現代への警鐘が語られている。本書で扱う静寂とは、単に聴覚からの騒音が無い環境を意味しているだけではない。静寂を破る騒音として、その他に情報騒音と内部騒音を取り上げている。例えば不定期にスマホから通知音が鳴って情報に注意力を奪われる、という環境は、決して静寂とはいえないだろう。私達(たち)は誰でもこうした機器からの接続を絶つ権利を持っているが、今や常時接続をしているのが当たり前になりつつある。また、次々と短い動画が出てくるアプリがあるが、これが無限に画面をスクロールできる状態になっていると、いつまでも情報騒音は鳴りやまない。

 そして本書で特に重要で、かつ誰にとっても扱いが難しいのが内部騒音である。これは頭の中であれこれと考えが渦巻いている状態で、聴覚からの騒音が全く無くてもいつでも起こりうる。そうなると目の前のことに集中できず、ストレスのレベルが高まって心の静寂を保てなくなる。

 それではどうすればこうした騒音を無くせるのか。本書には、全体の約半分もの分量を割いて個人や集団でできる様々な騒音対策の技法が紹介されている。例えば会議中に合意に至らない場合は、あえて一定時間皆で沈黙する、という興味深い提案が書かれている。また、ガンジーが実行していたそうだが、週に1日だけ無言で過ごす日をつくる、という方法も面白い。さらに日本の茶道や生け花など「間」を大切にする価値観にもヒントがあるという。「間」が全くない忙しい人に特にお勧めの一冊である。柴田裕之訳。(東洋経済新報社、2860円)

読売新聞
2023年11月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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