『ハッキング思考 強者はいかにしてルールを歪めるのか、それを正すにはどうしたらいいのか』
- 著者
- ブルース・シュナイアー [著]/高橋 聡 [訳]
- 出版社
- 日経BP
- ジャンル
- 社会科学/社会科学総記
- ISBN
- 9784296001576
- 発売日
- 2023/10/13
- 価格
- 2,420円(税込)
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『ハッキング思考 強者はいかにしてルールを歪めるのか、それを正すにはどうしたらいいのか』ブルース・シュナイアー著
[レビュアー] 西成活裕(数理物理学者・東京大教授)
規則の隙突く知恵 痛快
ハッキングと聞くと、コンピュータの世界の話だと思う人が大半だろう。しかし本書はそれだけに留(とど)まらず、かなり広く捉えて議論しているところが抜群に面白い。政治、経済、スポーツ、法律など、ルールで成り立っているシステムは、すべてがハッキングの対象になる。本書では、違法にシステムを攻撃するのはハッキングと呼ばない。合法的でシステムの隙を突いたものがハッキングであり、それを生み出す人間の知恵が痛快で、時には笑いすら込み上げてくる。
例えば、インドであった選挙のハッキングで、対立している候補者の票を割るために、その人と同じ名前の人を何人も選挙に立候補させた例が紹介されている。また、ペルーでは未完成の家だと固定資産税が安くなるため、わざと完成させずに鉄筋が飛び出している住宅があるそうだ。日本でも、国会での審議を遅らせるために投票箱までゆっくり歩く「牛歩戦術」があった。ほとんど歩かずに何人もの議員が並んでいる冗談のような光景をテレビで見たのを覚えている。本書ではこうした合法的ハッキングの具体例が膨大に取り上げられていて、著者の幅広い知識には脱帽ものだ。
中でも裕福な権力者が行うハッキングは大問題である。それは既得権益をますます強化する行為であり、その他の大勢の犠牲によって成り立つものだからだ。タックスヘイブンを使った税金逃れは、まさに税制をハックした例である。また、ハッキングは不正とイノベーションの間にある行為であると著者はいう。時には社会や技術の進歩を促す良いハッキングもあるのだ。
本書の最後では、AIがハッカーとなり、社会の様々なものをハックし始める危険性について指摘している。24時間休まずAIがシステムの隙を探しているのを想像すると、背筋が寒くなる。こうした脅威をどうやってガバナンスしていくのか。本書は様々なシステムの今後のあり方を再考するのに最適な一冊だ。高橋聡訳。(日経BP、2420円)