『なぜ世界はそう見えるのか』
- 著者
- デニス・プロフィット [著]/ドレイク・ベアー [著]/小浜杳 [訳]
- 出版社
- 白揚社
- ジャンル
- 哲学・宗教・心理学/心理(学)
- ISBN
- 9784826902519
- 発売日
- 2023/09/05
- 価格
- 3,410円(税込)
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『なぜ世界はそう見えるのか 主観と知覚の科学』デニス・プロフィット、ドレイク・ベアー著
[レビュアー] 西成活裕(数理物理学者・東京大教授)
「ありのまま」見る難しさ
「ありのままの 姿見せるのよ」
ディズニーのアニメ「アナと雪の女王」の中で歌われるこの有名な歌詞が、本書を読んでいて何度も私の頭の中にこだました。ありのまま、っていったい何なのか。
本書は米国の著名な心理学の教授が、物事をありのままに見るのがいかに難しいかについて、驚くべき事例をたくさん紹介したものだ。我々は生身の人間であり、その身体の状態や能力の制約からくる無意識のバイアスから逃れる事はできない。例えば、体が疲れていると、目の前にある坂がより急に見える。重いものを持った人は、そうでない人よりも坂の傾斜をより急だと認識する。私たちは決してありのままの坂を見ているわけでなく、自らの状態の違いで見え方が変わるのだ。逆に友人と登る坂道はそれほど急には見えないそうで、頼りになる存在がいるかどうかも認識に大きく影響してくる。
この事は、科学者にとっては悩ましい問題である。客観的な観察は科学研究の基本であるが、それが極めて難しいという事が本書を読むとよく分かる。こうした無意識のバイアスに注意しながら研究を進めていく必要があるが、それは生存本能とも関わっているため根が深い問題だ。例えば対象に脅威を感じると、それが実際よりも大きく見えるようになる事で、生物は進化の過程で生存の確率を上げてきたのだ。
ここで気になるのは、仮想現実の世界で私たちの認識はどう変わるのか、ということだ。オンラインでは、相手の生身の体を画面から感じとる事は難しい。そこで仮想的な身体であるアバターを用いる方法があるが、今度はそれが知覚に大きく影響してくる。例えば背の高いアバターに扮(ふん)すると、普段より強気に振る舞うという研究結果もあるそうだ。本書は、オンラインでの付き合いや、身体性の無いAIとの関係は今後どうなっていくのか、などについても深く考えるきっかけになるお勧めの本だ。小浜杳訳。(白揚社、3410円)