『トヨタのEV戦争』
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『トヨタのEV戦争 EVを制した国が、世界の経済を支配する』中西孝樹著
[レビュアー] 西成活裕(数理物理学者・東京大教授)
日本の命運 発想転換が鍵
今や信じられないかもしれないが、かつて日本は半導体や液晶で世界一のシェアを誇っていた。現在はすっかりその座から転落し、政府が相当なテコ入れをしても残念ながら復活の兆しは見えない。これに対して自動車産業はまだまだ元気で、トヨタグループは今年の上半期の販売台数は500万台を超え、4年連続で世界一を維持している。しかし本書を読むと今後これが続くのか大いに不安になってくる。日本の砦(とりで)と言ってもいい自動車産業は、電器産業と同じ運命を辿(たど)ってしまうのだろうか。
ここで鍵を握るのが、脱炭素という世界的潮流である。自動車に関しては、電気自動車(EV)などCO2を排出しない車へのシフトが進められ、それが最も進んでいるのが現在排出量最多の中国と米国である。米国のテスラ、中国のBYDが世界のEV市場をけん引しており、昨年はテスラが約130万台、BYDが約90万台のEVを販売したが、これに比べてトヨタはたったの約2万4000台であった。世界の脱炭素の流れの中で、日本のEVシフトの遅さは極めて深刻である。
さらにテスラのギガキャストと呼ばれる製造方法は、従来の自動車会社には無い発想のものであった。大量の部品を一体成型する方法で工数を減らし、関連会社に頼らず全て自社開発で進め、年間200万台のEV生産能力を確立した。この状態でもしもテスラが価格を下げていけば、勝てる企業はもはや無いだろう。日本が得意なものづくりでもEVでは差をつけられている。
今後の車は、OSやソフトで更新されていくスマホのようになっていく。そうなると車を売って終わりではなく、全く新しいビジネスモデルが必要で、自動車会社は過去の成功に囚(とら)われていてはいけない。ただしせっかく築き上げたレガシーを捨てて新興海外勢を真似(まね)する方向でも勝ち目は無いだろう。車の関連産業人口550万人の命運を握る戦いはこれからだ。トヨタはもちろん、日本の未来への応援が込められた渾身(こんしん)の一冊である。(講談社ビーシー、1980円)