『安倍晋三と日本の大戦略 21世紀の「利益線」構想』マイケル・J・グリーン著

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安倍晋三と日本の大戦略

『安倍晋三と日本の大戦略』

著者
マイケル・J・グリーン [著]/上原裕美子 [訳]
出版社
日経BP 日本経済新聞出版
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784296114269
発売日
2023/08/14
価格
3,850円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『安倍晋三と日本の大戦略 21世紀の「利益線」構想』マイケル・J・グリーン著

[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)

対中国 新たな均衡追求

 在職中は毀(き)誉(よ)褒貶(ほうへん)を相半ばした安倍晋三政権だが、外交・安全保障政策については、徐々にその評価が輪郭を現しつつあるようだ。それは日米同盟を強化する一方で、クアッドに代表される日米豪印の新たな地域連携を作り上げ、中国の台頭に巧みな戦略的対応を行った、というものである。

 本書の著者は、アメリカ政府高官も務めた日本の安全保障政策の専門家である。著者によれば、第二次安倍政権を通じて、日本が追求した大戦略は、中国との間でより好ましい均衡関係を回復することにあった。それは単なる力の均衡に留(とど)まらない。中国の覇権主義に対抗し得るリベラルな価値観に根ざしたルール形成を模索するものだった。そして、安倍政権の下で形成された大戦略は、日米安保体制下で経済成長に邁進(まいしん)するという「吉田ドクトリン」に終止符を打ち、新たな日本外交の基本線になったという。

 こうした大胆な主張は、著者の安倍氏との距離の近さを鑑(かんが)みれば、些(いささ)か過大評価ではないかという印象も受ける。だが、それは決して的外れな指摘ではない。安倍政権が進めた官邸への権限集中や、価値観外交は、濃淡はあっても冷戦後の歴代政権が模索してきたものだったからである。その意味で、安倍政権は日本の戦略を根本的に転換させたというより、中国をめぐる国際構造の変化を背景に、様々な改革を急速に進める触媒の役割を果たしたといえよう。

 吉田茂の選んだ外交路線が正当な評価を受け、「吉田ドクトリン」と呼ばれるまで約四半世紀の歳月がかかった。それを考えれば、新たな大戦略にいかなる歴史的位置づけが与えられるかは、今しばらくの時を要しよう。日本の外交・安全保障政策は確かに大きく転換したが、それによって中国との武力紛争を抑止し、健全な日中関係の構築につなげられるかは、安倍氏の後継者たちに残された重い課題なのである。上原裕美子訳。(日本経済新聞出版、3850円)

読売新聞
2023年12月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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