『幻のレコード 検閲と発禁の「昭和」』
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<書評>『幻のレコード 検閲と発禁の「昭和」』毛利眞人(まさと) 著
[レビュアー] 松村洋(音楽評論家)
◆死なない大衆文化
戦前のレコード検閲は国家の理不尽な強権発動だったという一般的な見方に、本書は異を唱える。著者は、検閲を行った内務省の文書のほか、膨大な資料を駆使してその意外な実態に迫っている。
レコード検閲は小川近五郎(ちかごろう)という下級官吏が、なんとほぼ1人で行っていた。音楽好きの彼は「流行歌は大衆の生活、心情に根ざしたもの」と考え、強圧的なレコード規制に反対した。そんな彼の音楽観が検閲に反映されたという。だが、レコード検閲に軍が口を出し始めた1943年、小川は検閲業務から外される。ジャズなどへの風当たりは、ますます強くなった。しかし、“敵性音楽”のレコードは、抜け道を見つけて流通した。
検閲官の感性と思想。レコード業界の忖度(そんたく)と自主規制。保守的な知識人や大衆の声。それらすべてを押し流そうとする戦争。それでも死なない音楽。著者は、そうしたさまざまな要素が絡み合ったレコード検閲の顚末(てんまつ)を丹念に綴(つづ)っている。国家と大衆文化の関わりについて、多くのことを考えさせられる好著だ。
(講談社・2310円)
1972年生まれ。音楽・レコード史家。著書『SPレコード入門』。
◆もう1冊
『ニッポン エロ・グロ・ナンセンス』毛利眞人著(講談社選書メチエ)