『幻のレコード 検閲と発禁の「昭和」』毛利眞人著

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幻のレコード 検閲と発禁の「昭和」

『幻のレコード 検閲と発禁の「昭和」』

著者
毛利 眞人 [著]
出版社
講談社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784065322574
発売日
2023/11/01
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『幻のレコード 検閲と発禁の「昭和」』毛利眞人著

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大教授)

流行歌に理解 検閲に情

 本書はおもに第二次大戦以前から戦時中にかけての日本におけるレコード検閲のありようを論じたものである。戦争、検閲という言葉からは、当局・官憲あるいは軍部が、時局柄ふさわしくない出版物や音楽の制作発表を禁止するといった国家権力による弾圧、一方でその網をかいくぐり抵抗を続ける民衆の知恵、そんな対立構造を思い浮かべ、心情的に民衆側に肩入れする人も多いだろう。

 本書は、そんな紋切り型の構図から少し距離をおき、内務省でレコード検閲を担った下級官吏・小川近五郎(ちかごろう)に注目する。彼は1896年、大分県に生まれた。松井須磨子に夢中になって、中学卒業後上京し学生生活を送った。活劇映画や浅草オペラ、浪花節などに熱中した軟派青年だったという。その嗜好(しこう)は、2歳年長の江戸川乱歩と通じあうから面白い。

 小川は一般企業に勤めたあと、30歳を過ぎて内務省に入省、1934年のレコード検閲制度の開始とともにその担当となって、中心的役割を果たした。頽廃(たいはい)的で暗く淫靡(いんび)な歌謡を排し、認めない頑固さをもつ反面で、大衆の生活や心情に根ざした流行歌に理解を示し、無闇(むやみ)にそれらを切り捨てたわけではない。情のある血の通った一人の人間としての検閲官の姿を克明に描き出すことで、血も涙もない徹底した弾圧という検閲イメージを払拭(ふっしょく)している。

 小川の経歴を跡づけるための調査も念入りであり、内務省の内部報告である『出版警察報』や、彼の著作、検閲スポークスマンとして出席した座談会における発言などを博捜し、読み解いた著者の執念が、いわば“血の通った検閲”の様子をありありと浮かび上がらせた。

 検閲は権力によるものだけではない。企業側の自主規制、また享受する大衆からの抗議による排除など、現代でもSNSなどによる同調圧力は増す一方である。検閲はなくならない。歴史を探ることで検閲の本質を見事に射抜いた。(講談社、2310円)

読売新聞
2023年12月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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