『なるようになる。』
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深遠かつ強靱なる思想はどこから? 初めての「まとまった自伝」
[レビュアー] 阿川佐和子(エッセイスト、小説家)
本書の聞き手を務めた鵜飼哲夫さんは三十年以上にわたり読売新聞文化部の記者を務めている。一九九一年、鵜飼さんは同紙読書委員だった養老孟司氏と出会う。以来、折に触れて養老さんに会い、見解を聞き、対談や座談会の席に立ち会った。養老さんの本の書評を書いたことも数知れずあったはずだ。文化部の仕事を通じて交流を深め、丁寧に親密度を重ねていらした。その年月を思うと、この本が誕生したのは当然の成り行きだったと理解できる。
これほど養老さんの著書が次々に出版され、そのほとんどがベストセラーを記録するほどのものであるにもかかわらず、本書巻末に記された鵜飼氏の「あとがき」にあるように、養老さんについての「まとまった自伝」はなかったという。鵜飼氏は驚き、私も驚いた。こうして「時代の証言者 なるようになる。」の連載が同紙で始まった。本書はその連載をまとめたものである。
ところで、養老さんに会った人は誰もが不安になるはずだ。
「もしかしてご機嫌斜め?」
私も当初はそう思った。初対面のときだけではない。何度お会いしても不安はぬぐえない。ところがご挨拶をして恐る恐る会話を開始してみると、養老さんは必ず答えてくださる。そしてどうやら不機嫌ではないことがわかってくる。
失礼ながら、養老さんは決して万民に愛想がいい人ではない。ごく親しい長年の友や子どもたち、そして虫の仲間以外の人間どもとはできるだけ目を合わさず、交わす言葉も少なめに、黙って時の流れるのを待っている。それなのに、私のインタビューとかバラエティ番組の出演とか、こんな些末な仕事をどうしてお引き受けになるのか。お会いするたび私は恐縮した。養老さんともあろうお方なら、「出たくない!」ときっぱりお断りになってしかりと思う仕事にも、一人でノコノコとお出まし遊ばす。
「どうしてお引き受けくださったのですか?」
不躾ながら伺うと、「あなたに会いたくて」なんて、そんなお世辞をおっしゃる方ではない。むしろ即座に俯いて、含み笑いを浮かべつつ「まあ……」と小さく呟かれる程度である。
この養老さん独特の照れとサービス精神はいったいどこから生まれたか。深遠かつ強靱なる「騒いだって無駄」思想はどこで育まれたものか。常々気になっていたが、このたび本書によって初めて赤裸々(?)に明かされた。読後、大らかな気持になれる名著である。