『ヤーコブソン/レヴィ=ストロース往復書簡』エマニュエル・ロワイエ/パトリス・マニグリエ編

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ヤーコブソン/レヴィ=ストロース往復書簡

『ヤーコブソン/レヴィ=ストロース往復書簡』

著者
ロマーン・ヤーコブソン [著]/クロード・レヴィ=ストロース [著]/E・ロワイエ [編集]/P・マニグリエ [編集]/小林徹 [訳]
出版社
みすず書房
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784622096580
発売日
2023/11/14
価格
8,800円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ヤーコブソン/レヴィ=ストロース往復書簡』エマニュエル・ロワイエ/パトリス・マニグリエ編

[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)

「構造主義」 高め合う2人

 その後の思想が「ポスト構造主義」と名づけられ、さらに「フランス現代思想」自体が魔力を失ったせいか、今日、構造主義はあまり顧みられない。しかし、まだ繙(ひもと)くべき要素がある、しかも最初の二人の裡(うち)に、本書はそう囁(ささや)く。

 ナチスによるユダヤ人迫害を逃れてニューヨークに亡命してきたロシア人言語学者と若きフランス人人類学者が意気投合し、人類学者が言語学者からソシュール由来の記号論を学ぶことで構造主義人類学が開花した、とここまでは、どの概説書にも書いてある。互いに献呈論文を寄せたり、共同でボードレールの詩の構造主義的分析に取り組んだり(本書には共著論文発表に至る手紙での長い議論と当該論文が収録されている)と、その後の二人の絆も周知の事実だ。しかし、構造主義が浸透してゆく時代に二人の間でどのような対話が実際に交わされていたのかを、この往復書簡は明かしてくれる。フランスと米国の距離を物ともせず、彼らは発見を惜しみなく伝え合い、相手に役立ちそうな文献を知らせ、自著を送り合い、論評し合う。その論評の何と貴重なことか。ヤーコブソンの代名詞とも言える音素の弁別素性研究の一論文に、レヴィ=ストロースが修正案を出してゆく様子など、達人の手つきを見ているようだ。研究とは共同作業なのだと実感させられる。

 さらに、本書の快挙は、「ゼロ音素」に関するヤーコブソンの論文を初めて翻訳掲載したことだ。これはレヴィ=ストロースが「浮遊するシニフィアン」(特定の何物をも意味しない言語記号)という一見謎めいた概念を導入したときに典拠にした論文である。「不在」ではなく存在のうちの「零度」であるというこの「ゼロ記号」の考え方なしには、その後の構造主義、そしてポスト構造主義の展開はなかったと言っても過言ではない。それほどの概念の初出論文がようやく日本語で読めるようになった。ここから現代思想全体を見渡す道も開かれている。小林徹訳。(みすず書房、8800円)

読売新聞
2024年1月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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