『毛沢東 革命と独裁の原点』
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『毛沢東 革命と独裁の原点』興梠一郎著
[レビュアー] 為末大(Deportare Partners代表/元陸上選手)
「理想」に失敗 「現実」的手法へ
本書では、中国共産党の最高指導者であり、中華人民共和国を打ち立てた毛沢東の半生を描いている。彼がどんな本を読みどのような人から影響を受けたかを調べ、丁寧に描いている。
毛が生まれた1893年は清国が崩壊の危機に直面する最中だった。外圧にさらされながら、一つにまとまらない中国を見て若き毛は苛立(いらだ)ちを覚えていただろう。読書好きで、あらゆる本を読みながら自らの思想を練っていく。
若い毛の思想に大きな影響を与えた本がある。フリードリッヒ・パウルゼン『倫理学原理』で、日本の哲学者の蟹江義丸が日本語訳し、それを蔡元培が中国語訳した。この本にいたく感動した毛は、こんなメモを残している。
「まったく抵抗がない、純粋な平安(平穏無事なこと)は、人生にとって耐えられない。昔から治があれば乱がある」
「世の中の各種の現象は変化しかない。各世紀においては、各民族が各種の大革命を起こし、古いものを一掃し、これを新しいもので染めた」
毛は各時代で思想を柔軟に変化させていくが、根底にある考えは常に「変化」だった。変化こそが社会発展の道であると信じていたのだろう。
もともと西洋的な自由と民主主義を信じ、平和的な方法で社会を変えられると考えていたが、社会変革運動に失敗する。その後、このような考えに至っている。
「理想はもとより重要だが、現実は特に重要だ」
「徳謨克拉西(デモクラシー)主義は、いまの私の見方では、理論上は聞こえがいいが、事実上は、実行できない」
変化を求め理想に燃えた若き青年は、手痛い失敗を経験し、理想より現実を選択する。後に中国共産党の活動に身を投じ、頂点に上り詰めていく。しかし、その過程で選択した独裁の手法が、その後の中国の支配体制を決定づけていく。
大きなものをまとめるには強いタガが必要なのだろう。だが、一度強めたタガを緩めることは難しい。それは中国という巨大な国家の宿命なのかもしれない。(中央公論新社、3300円)