泉鏡花の妖美を演じるは玉三郎 されども両作の出来に天地の差

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夜叉ケ池・天守物語

『夜叉ケ池・天守物語』

著者
泉 鏡花 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784003102732
発売日
1984/04/16
価格
506円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

泉鏡花の妖美を演じるは玉三郎 されども両作の出来に天地の差

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 失望した時または感心した時につくのは、ため息。

 ’79年篠田正浩監督『夜叉ヶ池』と’95年坂東玉三郎監督『天守物語』を観た時にため息をついた。前者はガッカリして。後者はウットリして。どちらも原作は泉鏡花の戯曲で、主演は坂東玉三郎である。

「夜叉ヶ池」には竜神が棲み、池から出ると大洪水が起こり村が水没してしまうという言い伝えがあった。そのため、竜神を鎮めるために毎日決まった時刻に鐘をつく男がいた。男は百合という美しい妻と暮らしていたが……。竜神の化身白雪姫と人間である百合の二役を絶世の女形玉三郎が演じたのだから、いやが上にも期待は高まる。豪華絢爛な衣装を纏った白雪姫の玉三郎は圧倒的な美しさだが(当たり前!)、百合の玉三郎は何というか、微妙。原作では「凄いまで美しい」と言われる百合。白塗りメイクやかつら姿は舞台なら気にならないはずだが、映画では共演者の中で浮いてしまう。また、池に棲む者たちの登場部分を舞台のようなセットにして、リアルな俗世界の映像と対比させたようだが、唐突で安っぽく違和感を覚えた。この映画には松竹が巨費を投じ、洪水シーンのためブラジルのイグアスの滝までロケに行ったほど。スペクタクル・ファンタジーは篠田監督の作風とは相性が悪かったのではないだろうか。

『天守物語』は玉三郎にとっては、’92 年『外科室』(泉鏡花原作)、’93 年『夢の女』(永井荷風原作)に続く3本目の監督作品。評価の高かった前の2本は監督に専念したが、『天守物語』では主演を兼ねた。姫路城の天守に棲むこの世のものではない天守夫人富姫が玉三郎、富姫の妹分亀姫に宮沢りえ、富姫のたった一度の恋の相手となる武士図書之助の宍戸開。物語のほとんどが舞台劇のようなシンプルなセットで展開するが、様式美を重視した演出に違和感はない。出演者たちの衣装・小物・せりふ回しから所作に至るすべてに玉三郎の審美眼が発揮され、泉鏡花の最高傑作戯曲が完璧に映画化された。上村松園の日本画から抜け出したような富姫の美しさと亀姫の愛らしさはまさに眼福。ホォー……。ため息です。

新潮社 週刊新潮
2024年2月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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