『台湾の半世紀』
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『台湾の半世紀 民主化と台湾化の現場』若林正丈著
[レビュアー] 清水唯一朗(政治学者・慶応大教授)
自由望む姿 対話で解く
台北の学生街を歩いていると、実に多くの古書店に出会う。扉を押して中に入ると、どの店でも一番目につくところに台湾史の棚がある。民主化以来の四半世紀で急速に伸びた分野で、学生の人気も高いという。
日本でも台湾事情、とりわけ台湾政治にフォーカスした研究は長らく少なく、報道も寡少であった。それだけに先日の総統・立法委員選挙が広く注目を集め、充実した分析が溢(あふ)れたことには隔世の感があった。本書はほぼ未開であったこの分野を切り拓(ひら)いてきた第一人者による、研究者としての生活史である。
運命的なものも感じる。著者が大学院に進学したのは一九七二年、日中国交回復、すなわち日台断交の年だ。そのなかで台湾を研究対象に選んだのだからずいぶん変わっている。
しかし、それが幸運であった。アメリカと中国、統一と独立、本省人と外省人といった様々な構造が渦巻く台湾は、変化を論じる政治学にとってまたとないフィールドであった。
内政と外交が複雑に絡み合うその構造を、著者は人と出会い、聞くことで解きほぐしていく。知識人や運動家にはじまり、政治家に至り、ついには民主化を成し遂げた李登輝にたどり着く。彼らとの対話を通じて、虚構に溢れた体制が崩れ、生まれ変わる「中華民国台湾化」のプロセスが生き生きと描かれる。
核となるのは四年に一度の選挙だ。なぜ台湾では七割を超える人が帰郷までして投票するのか。著者はそこに「自由の隙間」を押し広げて生き抜く人々の「熱度」を感じ取る。それが主権者意識を形成するイベントであるからだ。私たちを惹(ひ)きつけるのもその熱度なのだろう。
本書はそうした魅力的な隣人との出会いに溢れている。それは地域研究の醍醐(だいご)味でもあるが、著者は自分の目的のための接し方しかできなかったと悔いる。私たちが隣人とどう向き合うべきかも問われているように思われる。(筑摩選書 2090円)