『チワワ・シンドローム』
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チワワになりたいあなたへ
[レビュアー] 鈴木晴香(歌人)
謎の「チワワテロ」を追え!
あなたは今、どうやってこの世界を生き抜いていますか。ライオンは鬣(たてがみ)で、エリマキトカゲは襟巻きで、自分を大きく強く見せている。あなたもそんなふうに、弱肉強食の自然界を斬って進んでゆくような術を使っているでしょうか。炎上してはすぐに次のターゲットに移り、ブームはあっさり打ち捨てられる、誰が強者かわからないそんな世界で? きっとそれだけでは生き延びられないと思う。いま私たちに必要なものは「チワワ・シンドローム」ではないだろうか。「チワワ・シンドローム」? 知らなかった。当たり前です。大前粟生がこの世に初めて送り出す言葉なのだから。「チワワ・シンドローム」とは、チワワのように、可愛く弱い、守られるべき存在となることでこの世を生き抜きたいと願う、現代社会の症候群。抱えている傷を隠さずに見せ、誰かに手を差し伸べられる存在となることでいちばんの強者になる生き方。
物語は、ある一つの恋とその唐突な終焉からはじまる。なぜ、恋人の新太は琴美の前から姿を消してしまったのか。知るのは怖い。けれど、どうしても気持ちを確かめたい。琴美と親友であるインフルエンサーのミア、琴美の会社に入社予定の観月の三人が手を組み、真相を探す旅─それは国境の山や河をいくつも越えるような、ひと連なりの非日常だ─がはじまる。
八月のある日、八〇〇人を超える人々の服や鞄にチワワのピンバッジが取り付けられる「チワワテロ」事件が起こる。誰が、一体なんのために。理由はわからないまま、しかしその可愛さゆえに、チワワがひとつのブームになる。街にはチワワのグッズが溢れ、チワワフェスが催され、ペットとしてのチワワの価格が高騰する。連絡が絶たれる直前、新太の服にもまた、ピンバッジがつけられていた。新太の失踪とチワワとの間になにか関係があるのだろうか。
そもそもの始まりは新太を探すことだった。しかし、彼が見つかればこの物語は終わるのかというと、そう一筋縄ではいかない。チワワテロの首謀者は誰なのか。「正義の配信者」を名乗るYouTuberのMAIZUも巻き込み、物語は大きく展開する。すべての登場人物が怪しくて、みなそれぞれに傷を持っている。傷を庇ったり、なかったことにする。そこの歪みに、また新たな傷が生まれる。
インターネットでのやりとりは、どうしたって過激になる。それは、攻撃する側もそうだし、擁護する側もそうだ。火炎瓶を投げ入れられたら、拾って投げ返さなければならない。そんなとき、「あなたを守ってあげる」という言葉に心を委ねたくなってしまう。でも、「守る」と「守られる」の間には不均衡があり、「あげる」には偽善をまとった柔らかい権力がある。「守ってあげる」と言う本人がそれをまったくの善だとおもっているならなおさら質が悪い。上辺だけの共感なんてくそくらえ。現代へのアンチテーゼが込められた一冊。これを読めば、嫌なものは嫌だってちゃんと言えるようになるはず。それは、鬣よりも襟巻きよりも頼もしい武器だ。