「米国の後追いをしてほしくない」メディア理論家のラシュコフへのインタビュー 日本にむけたメッセージも

インタビュー

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デジタル生存競争

『デジタル生存競争』

著者
ダグラス・ラシュコフ [著]/堺屋七左衛門 [訳]
出版社
ボイジャー
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784866893129
発売日
2023/06/30
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

《来日直前インタビュー》私は日本へ行く


ダグラス・ラシュコフ、9月16日NYのロックフェラーセンターにて(撮影:肥田美佐子)

 ニューヨークのメディア理論家、ダグラス・ラシュコフ。メディア論を専門とする一方で、ITバブル崩壊以前の1990年代から、インターネットの功罪を鋭く論じてきた。ニューヨーク市立大学教授でもあるラシュコフが、『ネット社会を生きる10ヵ条』『チームヒューマン』に続いて上梓したのが新刊『デジタル生存競争』(いずれもボイジャー、堺屋七左衛門訳)。

『デジタル生存競争』の原著タイトルは『Survival of the Richest』。直訳すると、「超富裕層のサバイバル」だ。シリコンバレー特有の「マインドセット(思考パターン)」を舌鋒鋭く批判。世界の終末に備えるテック・ビリオネア(億万長者)たちの地球脱出志向や火星移住計画を「バカバカしい」と一蹴する。

 膨大な数のインタビューや国内外での講演会などで休む暇がないラシュコフだが、2023年12月に東京で開かれる講演会を前に、日本の読者に向けて持論をたっぷり語ってくれた。

取材・文:ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田美佐子

***

――まず、新刊『デジタル生存競争』を通して世界中の読者に訴えたいことは何か、教えてください。

 メインテーマは「コメディー」だ。新刊の冒頭で紹介した、自分たちを「神」だと思っている超富裕の米国人男性5人を読者に笑い飛ばしてもらうことだ。

 彼らは2018年、私を米国の超豪華な砂漠のリゾートに呼び、高額な講演料と引き換えに、いざ大きな「事件」が起こったとき「どこに逃げるのがベストか?」といった質問をぶつけてきた。彼らがいかに愚かな存在かを、本書から読み取ってほしい。

 彼らが実現しようとしている「幻想」は実に闇が深く、常軌を逸したものだ。彼らは、市場は指数関数的に無限大の成長を続けるという「指数関数主義」や、デジタル技術が人間の本質を変え、自分たちこそが人類を救えると信じている。

 しかし、そうした考えには問題がある。超富裕層の大半は私たちを救うことには関心がなく、何か「事件」が起こったとき、「その他大勢」から自分たちを隔離させ、逃げることしか頭にない。大金持ちのそうした「計画」をひとたび知ろうものなら、もはや彼らの言うことに従う根拠や理由など消え失せてしまうだろう。

――なぜ、そうしたメッセージを発することが重要だと思ったのですか。

 多くの人々が自分自身を見失い、道に迷っているからだ。過重労働にもかかわらず、経済的不安定さが増し、コミュニティーとも疎遠になり、自分たちの生活をより良くしてくれないテクノロジーやビジネスプランに翻弄されている。

 例えば、ビットコインなどのデジタル記号システムで富を築けるのは、ひと握りの人々にすぎない。その他大勢は貧しくなっていくだけだ。金融界の人々は、庶民のための経済など頭になく、どうやったら顧客を富ませる手助けができるかを考えている。要は、億万長者と「その他大勢」だ。これでは、社会が団結できない。

 子供たちには、フェイスブックの親会社メタの会長兼最高経営責任者(CEO)、マーク・ザッカーバーグやイーロン・マスク米テスラCEOなどへの憧れを持たないようにさせることが重要だ。彼らは自らを「神」だと考えており、多くの若者たちは彼らを英雄視している。私の目には、「何かあったら世界から逃げようと考えている物悲しく哀れな男たち」にしか見えないがね。

 イーロン・マスクは火星への移住を目指しており、レイ・カーツワイルは、自分の頭脳をコンピューターにアップロードしたいと考えている(注:カーツワイル氏は、コンピューターが人類の脳を凌駕する「シンギュラリティ(技術的特異点)」の到来を予言して話題になった米発明家・未来学者)。

 いずれも、多くの点で世界を動かしていると言っていい人物だが、情緒的成熟度は十代の少年レベルだ。

『デジタル生存競争』では、デジタル資本主義の問題や、私が「マインドセット(無意識の思考パターン)」と呼ぶシリコンバレーの逃避的な態度を提示した。

 マインドセットとは、「十分なお金やテクノロジーがあれば、自らが引き起こしたダメージから逃げられる」という信念を指す。また、テクノロジーや市場が自然すらもコントロールして人類のあらゆる問題を解決し、無限の経済成長が可能だという考え方も含まれる。

 シリコンバレーなどの億万長者は、ゾンビがうごめく「世界の終末」の到来に備えている。彼らは、(気候変動や環境破壊など)自分たちのお金儲けが原因で生じたダメージから自らを隔離して逃げるという考えに取りつかれており、それを実現させるための資金稼ぎを目的としている。

 また、彼らは、自分たちが逃げるための資金を第三者に払わせようとしている(注:米アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾス会長は2021年7月、自らが創業した米宇宙開発企業「ブルーオリジン」の宇宙船で同社初の有人飛行を経験し、アマゾンの従業員と顧客に向かって、「あなた方がこの費用を払ってくれた」と、謝意を表した)。

 いわゆる、ビジネス用語で言う「エクスターナリティー(経済の外部性)」であり、自社の事業と直接関係がない人々にコストを負わせることだ。

――自分たちだけが生き残るための戦略を探るべく、「講演」と称して、あなたを呼んだ億万長者の男性5人の中には、テック投資家やヘッジファンド界の大物などがいたそうですね。2018年というと、コロナ禍以前の話ですよね。

 そうだ。確かに彼らには先見の明があった。当時は彼らも、その何年か後に世界がパンデミックに見舞われることなど知る由もなかったはずだが、生き残るための戦略を立てていたのだからね(注:ラシュコフ氏は、気候変動と細菌戦争の脅威の大きさなどについても尋ねられた)。

――講演のテーマは「テクノロジーの未来」だったそうですが、実際には、「環境破壊や核爆発、ウイルスの蔓延などが起こったとき、どこに逃げるべきか」というのが5人の講演依頼者の最大の関心事だったのですよね。

 彼らと接し、そう感じた。彼らは自尊心が高く、自分たちは正しいと思っているが、実際にはバカバカしいことを尋ねてきたため、からかってみたいという衝動にかられた。私に求められていたのは「講演」などではなく、「未来」に関する彼らの最大の関心事について質問を受け、答えることだった。

 ある男性は、「事件」に備えて自分専用の地下防空壕を建設中だと話していた。別の男性も、地下防空壕を造っている最中だと言ったため、私はこう尋ねた。「世界の終末が訪れ、防空壕に避難した場合、他の人々を寄せ付けずに食料を調達することなどできるのか」と。

 すると、彼らは異口同音にこう答えた。「心配無用だ。お抱えの海軍特殊部隊が燃料を満タンにしたヘリコプターで、今この瞬間も待機している。電話1本で飛んでくるさ」と。

 だから、私はこう切り返した。「でも、世界が滅亡し、あなた方のお金が無価値になったら、どうやって海軍特殊部隊に報酬を払うのか。無報酬では守ってくれないよ」と。

「警備隊のコントロールを維持するには、警備隊や彼らの家族・友人にもナイスに接することだ」と私がアドバイスすると、「でも、いったいどこで区切ればいいんだ?」と、1人の男性が問いかけてきた。「『私たち』と『彼ら』の線引きをどこですればいいのか」と。

 その瞬間、私は、彼らが世界をどうとらえているのかを悟った。自分たちのサバイバルを可能にしてくれる人と、そうでない人――。彼らは、その境界線をどこに置くべきかを知りたがっているのだと。

 彼らは、サバイバルに必要なグループに守ってもらえるだけのお金を稼ぎ、(怒った群衆や防空壕への侵入者など)「その他のグループ」を遠ざけるのに十分な武器類を確保しようとしているのだった。

――そして、それこそが、超富裕層が考える「テクノロジーの未来」だったわけですね。

 彼らが「その他大勢」から逃げようとしているのは、大規模な気候災害を恐れているからではない。「事件」は逃避の言い訳にすぎない。彼らが世間から逃げようとしているのは、自分たちがやっていることを続けるためだ。彼らには、もともと逃避志向がある。とりわけ特定の技術開発者には、その傾向が見られる。

「デジタルの未来」を築こうとしている若い男性技術者たちは、自分たちのあらゆる要求を満たしてくれる予測アルゴリズムを開発し、理想の母親の「子宮」をデジタル技術で再創造しようとしている。彼らは元来、非社交的であり、人々や親密さを恐れ、テクノバブルという「泡」で自分たちを守ろうとしている。

――あなたに講演を依頼した億万長者らは「実際には敗者」であり、「経済ゲームの勝者というよりも、むしろ制約のある経済ゲームのルールによる犠牲者」だと断じていますね。「自分の排ガスから逃れるために高速で走る自動車」さながらだ、と。

 彼らは、本当の意味で「勝者」ではない。10億ドルや50億ドルの資産では、何かあったとき、確実に逃げられるという保証や安心感は得られないからだ。500億ドルあっても足りない。「これだけあれば安全だ」と彼らが感じられる額などないのだ。

 また、億万長者には人への共感や他者との一体感が乏しいという研究結果も出ている。億万長者になるには、人格の特定の部分を遮断し、自分を「その他大勢」と切り離した「個人」として考えなければならないからだ。

 結局のところ、そんな生き方は幸せな人生ではない。

――富裕層にとっての「勝利」とは、他の人々から離れた位置に立つことであり、この「分離」がゲームの目的だと指摘していますね。だからこそ、彼らは、踏み台として利用してきた人々からの報復の恐れや罪・恥の念を感じる必要がなくなるよう、「遠く離れた所へ逃げていく未来」を空想したがるのだと。踏み台にされてきた人々は、いつか怒りを爆発させるか「危険な存在」になるという警告も発していますね。あたかもフランス革命をほうふつさせますが、21世紀の米国で、大衆による暴動が起こると思いますか。

 トランプ前大統領と「MAGA(米国を再び偉大な国に)ムーブメント」は、私が新刊で警告した「革命」の一種だと言っていい。

 トランプ氏の元顧問で大統領首席戦略官を務めたスティーブン・バノンは過激な国粋主義者だが、自身のポッドキャストで『チームヒューマン』を取り上げ、一部を朗読したのだ。彼は同書がお気に入りだそうだ。拙著が自然への回帰を謳い、「テクノロジーの犠牲者にはなるな」「現実の世界で生きるリアルな人々のために世界を取り戻そう」と呼びかけているからだという。

 だが、私はそれを知って不安になった。スティーブン・バノンと私は世界に関し、非常に異なる目標を掲げており、彼は白人至上主義のような、過激な革命を目指しているからだ。一方、私が望むのはハッピーな「チームヒューマン(人間のチーム)」であり、すべての人々や多文化を歓迎し、素晴らしい世界を築くことだ。

――テック大手が人工知能(AI)を恐れる様子も描いていますね。ITエリートは、AIに支配されるのではないかと考えていると。2022年11月30日のChatGPT公開を皮切りに、生成AIブームが世界を席巻しています。なぜメディアは盛んにAIの脅威を報じ、企業はAIブームに乗り遅れまいと必死なのでしょう?

 まず、AIがブルーカラー層だけでなく、中流層や上位中流層の仕事も奪うという理由が挙げられる。もはや、米ライドシェア大手のギグワーカーがタクシードライバーに取って代わるだけでなく、AIの影響は、物書きや俳優、弁護士、医者など、ホワイトカラー層の仕事にまで及んでいる。

 だが、私の関心事はAIが人々の仕事を奪うことではない。AIやロボットが仕事を肩代わりする分、労働時間を短縮し、芸術・哲学の勉強や子供の世話、愛する人との交流にもっと時間を割こうという発想が人々にないことだ。それが問題なのだ。

 この点を半世紀前に指摘したのが、1950年代に「サイバネティクス」という言葉を生み出した米国の数学者・技術哲学者、ノーバート・ウィーナーだ。

 彼は『人間機械論――人間の人間的な利用』(みすず書房、鎮目恭夫・池原止戈夫訳)を著し、コンピューターやロボットなどのテクノロジーが、より賢くなって人間の仕事を担うようになると予測。人間はテクノロジーで自分たちを解放し、人間にとってベストなことをすべきだと主張した。そこに意味がある、と。

 とはいえ、今やAIは「雇用」そのものに挑戦状を突きつけている。だから、人々の不安や熱狂を駆り立てるのだ。

――暴走するデジタル経済を食い止めるための戦略として、独占禁止法(反トラスト法)による巨大企業の解体や、労働組合による非正規労働者の権利拡大、キャピタルゲイン税の税率引き上げなどの提案もしていますね。しかし、アマゾンなど、米テック業界は労組つぶしに躍起です。新進気鋭の法学者で米連邦取引委員会(FTC)委員長のリナ・カーン氏はアマゾン解体を目指していますが、道は険しそうです(注:FTCは2023年9月26日、アマゾンを反トラスト法違反のかどで、NYなど17州とともに提訴)。ウォール街も、依然として大きな力を持っています。この米国で、あなたの提案を実現することなどできるのでしょうか。

 私が日本やブラジル、スペインなどで『デジタル生存競争』の翻訳版を出す意味は、まさにそこにある。他国には米国の後追いをしてほしくない。あなたが言うとおり、米国ほど、私の提案を実現しにくい国はない。米国は植民地主義にのっとった国だからだ。

 米国は、自由市場や大量消費主義、無限の経済成長を前提とする指数関数主義、自国の優越性、帝国主義といった考え方で彩られている。米国の楽観主義は資本主義と結びついているため、私は米国を楽観視していない。

 とはいえ、この米国でも、金融危機が起こったとき、ニューヨーク・マンハッタンのズコッティ公園を中心に、(「私たちは99%だ!」という合言葉の下で)「ウォール街を占拠せよ(OWS)」ムーブメントがわき起こった。富裕層の「マインドセット」にノーを突きつけるためだ。

 確かに米国では、労組の立ち上げや法改正、(格差解消のための)税制改革は至難の業だ。しかし、隣人と食卓を囲み、モノを共有することはできる。めったに使わない工具をアマゾンやウォルマートで買うのではなく、隣人から借りる。そして、返礼として、翌週の週末、自宅でのバーベキューに隣人を招待する。

 隣人との交流を楽しむことが、(暴走するデジタル経済の)解決策の一つになる。

――先ほど「ウォール街を占拠せよ(OWS)」運動の話が出ましたが、2011年9月に始まった同抗議活動は全米規模に拡大したにもかかわらず、米国社会に体系的・構造的変化をもたらしませんでしたよね?

 いや、何百万人もの考え方を大きく変えたよ! バイデン大統領が昨年発表した学生ローン免除政策(連邦学生ローン返済計画〈IDR〉)も、OWSムーブメントで、高額な学生ローンが問題になったからだ。

 2016年と2020年の米大統領選挙・民主党予備選に出馬したバーニー・サンダース上院議員の選挙戦は、OWSムーブメントの流れを汲んだものだ。他の(地方選挙の)候補者らにも大きな影響を与えた。OWSムーブメントの精神は、時間をかけてゆっくりと米国社会に浸透している。

 1789年のフランス革命も、1776年の米国独立革命(宣言)の影響を受けた。世の中の出来事は連鎖している。OWSムーブメントはバーニー・サンダースや、民主党左派の若手下院議員アレクサンドリア・オカシオ=コルテス(AOC)など、新たな革新派の動きにつながり、気候変動ムーブメントも生み出した。

 米国社会が、イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグの世界観とは違う世界観に向かうことを願っている。人類にとって、地球を脱出するために何十億ドル、何百億ドルもの大金を稼ぐことが解決策だとは思わない。地球を脱出できるだけの大金持ちなど、ひと握りしかいないのだから。

――日本の読者にメッセージを。

 日本は米国の後を追うべきではないということを訴えたい。外国人だからこそ見えるのだが、日本文化には、米国にはないものがある。米国の二の舞は避けねばならない。

 日本を訪れる外国人の大半は、ビジネスやお金儲けの方法を話しに来るのだろうが、私は違う。持続性のある文明を一緒に築くにはどのように前進すればいいかを、日本の人たちとともに探るべく、日本に行くのだ。

 小さな頃から、鉄腕アトムやゴジラ、ガメラなど、日本文化が大好きだったが、日本に本格的に滞在するのは初めてだ。渡日が待ち遠しい。

肥田美佐子
ニューヨーク在住ジャーナリスト。東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て、単身ニューヨークに移住。アメリカのメディア系企業などに勤務後、独立。アメリカの経済問題や大統領選を取材。ジョセフ・E・スティグリッツなどのノーベル賞受賞経済学者、「破壊的イノベーション」のクレイトン・M・クリステンセン、ベストセラー作家・ジャーナリストのマルコム・グラッドウェルやマイケル・ルイス、ビリオネア起業家のトーマス・M・シーベル、ジム・オニール元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長(英国)など、欧米識者への取材多数。

理想書店
2023年10月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

ボイジャー

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