<書評>『統帥権の独立 帝国日本「暴走」の実態』手嶋泰伸 著

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統帥権の独立-帝国日本「暴走」の実態

『統帥権の独立-帝国日本「暴走」の実態』

著者
手嶋泰伸 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784121101471
発売日
2024/02/09
価格
1,870円(税込)

<書評>『統帥権の独立 帝国日本「暴走」の実態』手嶋泰伸 著

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

◆大局観なき専門家優先

 司馬遼太郎が「魔法の杖(つえ)」と呼んだ「統帥権(とうすいけん)」は、昭和史の不吉な言葉である。「統帥権の独立」を軍部が訴えれば、逸脱があろうと、暴走があろうと、不問に付される。いつか不可触の「聖域」となった。そんなイメージがないだろうか。

 本書は近代日本史の不具合部分に、制度史、具体例だけでなく、当時の人々の意識や議論にも目配りして、なぜ「暴走」が止められなかったかを探っていく。

 「統帥権の独立」は帝国憲法に明記されているわけではなかった。憲法学者の美濃部達吉は「事実上の慣習と実際の必要とに基くもの」とした。陸軍「ですらも」、慣行と認めていた。

 帝国憲法は軍事に関する条文を11条、12条の二つに分割した。そのために、「統帥権の独立」が、「政治と軍事の優先順位ではなく」、統帥権の範囲に集中してしまった。大局的な視野がなく、専門家の判断が優先される。著者はそこに最大の問題点を見ている。軍事に限らない、いまの政治「不全」にもそのまま当てはまる日本の欠陥がそこにはあった。

 本書を読むと意外に思えるのは、明治天皇が「統帥権」問題に懸念、疑問、問い合わせ、命令など種々の方法で当事者性を発揮していることだ。伊藤博文や山県有朋(やまがたありとも)といった明治の元勲もそれに応えざるをえない。

 大正期であれば、政党や新聞世論が活発に意見を述べている。軍部大臣を武官でなく文官にするほうが効率的だ、と。原敬内閣の高橋是清蔵相は、「陸軍が統帥権の独立のもとに外交上の越権行為を繰り返している」から、参謀本部を廃止しろ、とか。軍部大臣文官制を推進する加藤友三郎(ともさぶろう)海相が、首相になったがために「現役」をはずれざるをえず、そのために「軍部大臣文官制」実現の機会が失われたことなど。もっと別の「昭和史」がありえたことを示唆する事実にも言及する。

 制度変更が簡単に成ったとは思えないにしても、「昭和」という時代の消極性と硬直性の原因を考えさせる本だ。

(中公選書・1870円)

1983年生まれ。龍谷大講師・日本近現代史。『日本海軍と政治』など。

◆もう一冊

『統帥権とは何か』大谷敬二郎著(光人社NF文庫)。軍内部から見えた肉感的な統帥権。

中日新聞 東京新聞
2024年3月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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