女とその母はなぜ「魔女化」したのか 破壊と独創で世界文学に衝撃を与えた新鋭

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ハリケーンの季節

『ハリケーンの季節』

著者
フェルナンダ・メルチョール [著]/宇野 和美 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152102904
発売日
2023/12/20
価格
3,410円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

女とその母はなぜ「魔女化」したのか 破壊と独創で世界文学に衝撃を与えた新鋭

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 2017年にメキシコで刊行されるとその年のベストセラー小説となって翻訳が相次ぎ、作者は世界文学の第一線に躍り出た。

 本作には、「ガルシア=マルケスの『族長の秋』を勧めてくれた」人物への謝辞が記されている。確かに、ピリオド無しで長く長く続いていくセンテンス、複数の視点を重ね合わせる技法、地の文に心の声を浸潤させる自由間接話法などは、このラテンアメリカ文学の文豪や、チリの伝説的作家ボラーニョを髣髴とする。その一方、破壊と独創を同時に成し遂げる文体はある意味、ガルシア=マルケスの対極にあるとも言えそうだ。

 冒頭、五人の少年たちがベラクルス州のラ・マトサという架空の村で水路を這うように進んでいく。炎天下に彼らが出くわしたのは、「魔女」と呼ばれる女の腐乱死体だ。魔女は村人たちに忌み嫌われながら、堕胎、治療、呪いなどの依頼を密かに受け、頼られてきた存在でもあり、相当の資産を有しているとかいないとか。

 ある場面を目撃した女性、彼女に嫌われている麻薬常習者のいとこ、継父の性虐待から逃げてきた少女、売春宿を営む夫婦……。章ごとに語り手が交替し、犯罪の謎に迫っていくが、その集合的記憶は必ずしも一貫性をもたない。荒廃した小村に渦巻く噂、ゴシップ、迷信、それらに煽られた憎しみ、苛立ち、妬み。親子二代で村はずれに暮らした女とその母はなぜ「魔女化」したのか。

 トランスジェンダーではと噂され、同性愛者としても罵倒されるこの魔女は有能な人物であったろう。歴史上には卓抜な力ゆえに「魔女化」されてきた女性が大勢いる(「悪妻」「悪女」と呼ばれた女性の多くはそれ)。男性たちは自分の理解を超えた女性の力に出会うと、「聖性」か「魔性」に分類して対処してきた。集団でのレッテル貼りは「他者」を支配する手段の一つなのだ。ノワール小説としても傑作。

新潮社 週刊新潮
2024年1月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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