『日本音楽の構造』
- 出版社
- アルテスパブリッシング
- ジャンル
- 芸術・生活/音楽・舞踊
- ISBN
- 9784865592900
- 発売日
- 2024/03/25
- 価格
- 3,850円(税込)
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<書評>『日本音楽の構造』中村明一(あきかず) 著
[レビュアー] 篠崎弘(音楽評論家)
◆独自性 幅広い視点で分析
神楽から民謡まで日本の伝統音楽は従来「ハーモニーのない劣った音楽」とされてきたが、実は「全人類の宝」だというのが本書の主張だ。
だが単純な「日本すごい本」ではない。作曲家、尺八奏者として世界各地で演奏し、米バークリー音楽大学などでも学んだ著者は、湿潤で傾斜地と森林の多い日本の自然環境や労働環境、生活環境が独自の姿勢や呼吸法を生み、母音中心の日本語が聴覚の優れた解析能力を育んだと分析。そのため日本人は微小な音量や変化の聞き取りに長(た)け、倍音に敏感になって、それが日本音楽の特徴を生んだとする。
その特徴として著者があげるのは(1)強調する時に大音量ではなく倍音を含む複雑な音響を用いる(2)他の芸能ジャンルと容易に融合できる(3)自由リズムや伸縮リズム、「間」が生まれる、など。
小唄などで情感を込める時にわずかに音高と音量を下げ、速度を遅くすること、スズムシや風鈴の音を愛(め)でること、擬音語や擬態語が非常に多いこと、伝統芸能に多い「語りもの」には言葉と音楽の境界がないこと、外国起源の邦楽器も倍音が出やすいように改良されたことなどの例に加えて著者は、日本人は自然の音や虫の音などを言語と同じ左脳で処理しているという角田忠信氏の学説や、レヴィ=ストロースの「日本の和音は、同じ瞬間にではなく時間の流れのなかで生まれます」などの言葉を引いて、日本音楽の独自性を強調する。
しかし、明治以降の西洋音楽を中心とした音楽教育によってこれらの特徴が失われつつあると著者は危惧する。口と喉を大きく開ける歌い方は倍音の発生を妨げるため、日本人の耳に馴染(なじ)まず、例えば日本語に翻訳されたオペラへの違和感を生む。
教育の場での倍音や自由リズムへのアプローチ、伝統音楽の模倣や改変、構造主義でいうブリコラージュによる創作、和楽器の導入など、一見当然のような提言も、こうした文脈で語られると説得力がある。現代J-POPの歌手たちを伝統音楽との関わりで分析した項なども興味深い。
(アルテスパブリッシング・3850円)
作曲家・尺八奏者。CD「虚無僧尺八の世界」シリーズ。著書『倍音』。
◆もう一冊
『野生の思考』クロード・レヴィ=ストロース著、大橋保夫訳(みすず書房)