<書評>『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』坂本龍一 著

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ぼくはあと何回、満月を見るだろう

『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』

著者
坂本 龍一 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784104106035
発売日
2023/06/21
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』坂本龍一 著

[レビュアー] 篠崎弘(音楽評論家)

◆才人の親密な語り口

 三月二十八日に七十一歳で亡くなった著者が、闘病中の二〇二二年二月から十月にかけて、編集者の鈴木正文氏を相手に二〇〇九年以降の歩みを口述したのが本書。〇九年には生い立ちからの歩みを収めた『音楽は自由にする』が出版されていて、本書はその続編にあたる。

 評者は何度か旅をご一緒する機会に恵まれた。モンゴルに民族音楽を聴きに出かけたり、九州を縦断する植樹の旅に同行したり。そして人類の大陸移動史から細胞内のミトコンドリアにまで及ぶ話題の豊富さ、該博さに驚かされた。

 本書にもその才人ぶりがよく現れている。『戦場のメリークリスマス』のメロディを三十秒ほどで思いつき、『ラストエンペラー』の映画音楽は二週間で作った。ポップスから前衛音楽までの作品の多彩さ。世界をまたにかけた活動ぶり。映画、美術、哲学、自然科学までの幅広い分野にわたる交友。そして膨大な読書量。

 「売名行為」と揶揄(やゆ)されても脱原発デモに参加し、東日本大震災の被災地への支援活動を続けた誠実さ。「自分に有名性があるなら、積極的に利用した方がいい」と言い切る力強さ。そして各地に展開した森づくりの運動では「音楽に専念しているだけでは縁がないような素晴らしい人々と出会えた」と喜ぶ。

 一方で親しみやすい面も。努力嫌い、練習嫌いを公言し、過去の「ジャンクフードを炭酸飲料で」流し込むような食生活や、「祖父から隔世遺伝した遊び好き」を回想する。非凡さの裏にあったこうした素顔に、読者はどこかほっとする。そしてふと気が付いた。この時、著者は辛(つら)い抗がん剤治療を受けながら、死を間近に意識していたのだ。それにも関(かか)わらずのこの冷静さ。取り乱すこともなく、時にはユーモアも見せる余裕。

 あの少しかすれた声が聞こえて来そうな、口述ならではの親密な語り口の末に、「芸術は永く、人生は短し」で文章は終わる。鈴木氏の「著者に代わってのあとがき」も胸を打つ。

 本書は著者が命を削って残してくれた遺書だ。教授、ありがとう。

(新潮社・2090円)

1952~2023年。音楽家。映画音楽などで世界的に高い評価。

◆もう一冊

『音楽は自由にする』坂本龍一著(新潮文庫)

中日新聞 東京新聞
2023年7月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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