原田マハの最新作は〈板画家・棟方志功〉 ゴッホに憧れた弱視の画家と、彼を支えた妻の物語

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

板上に咲く MUNAKATA: Beyond Van Gogh

『板上に咲く MUNAKATA: Beyond Van Gogh』

著者
原田マハ [著]
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344042391
発売日
2024/03/06
価格
1,870円(税込)

繭の中の街

『繭の中の街』

著者
宇野 碧 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575247190
発売日
2024/03/21
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 恋愛・青春]原田マハ『板上に咲く』/宇野碧『繭の中の街』

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)

 まっすぐな愛が、本から溢れ出てくるようだと思った。原田マハ氏『板上に咲く』(幻冬舎)は、芸術家・棟方志功氏と、その妻・チヤの人生を描いた小説である。一九八七年、東郷青児美術館でゴッホの「ひまわり」が公開されることになり、チヤの元に新聞記者が取材にやってくる。ゴッホに憧れ、いつか超えたいと願って板画に取り組んだ亡き夫との思い出が、素朴な口調で語られる序章に、まずは心を掴まれてしまった。

 青森の実家で、看護婦を目指し勉強していたチヤは、友人宅で「立派な絵描きセンセ」だという棟方に出会う。もじゃもじゃの髪に分厚いレンズの黒縁眼鏡、泥ハネだらけの脛……。「愛嬌のある子熊のような」と表現される風貌と、何が描いてあるのかわからない絵は、強烈な印象を記憶に残す。一年後、二人は偶然に再会し惹かれ合う。新聞広告を使っての大胆な告白を受けて妻になったものの、家族を養う収入のない棟方は、一人で東京に行ってしまう。周囲からは心配されるが、「ゴッホになる」という夫の決意をチヤは疑わない。生まれて間もない娘を連れて強引に上京したものの、最初は友人宅で居候だ。野草を主食にするほど生活は厳しく、視力が落ちても医者に行くことすらできない状況の中で、棟方は木版画を極める決意をし、凄まじい熱量で制作をする。ついに、ゴッホを知るきっかけとなった芸術雑誌「白樺」の主宰者・柳宗悦と、彼が提唱する「日本民藝運動」に関わる人々に認められ、棟方はさらに高みを目指していく。家族の生活も安定するが、平穏な暮らしは戦争に奪われてしまう。

 芸術のことしか頭にないように見えるが、妻子の命を何より大切にする棟方が、微笑ましく魅力的だ。家族が寝静まった後に、墨を磨るという仕事でその創作を支え、棟方も驚くほどの頑固さで、作品を守ろうとするチヤの命がけの行動力に心打たれる。自分にしかできない仕事に全力で取り組んだ二人の姿が、数年前に見た棟方志功作品に重なって、胸がいっぱいになった。

 宇野碧氏『繭の中の街』(双葉社)は、神戸を舞台にした短編集である。最初に収録された「エデンの102号室」の主人公・布珠は、異人館のチケット売り場でアルバイトをしている浪人生だ。ある日、閉館間際にやってきた不思議な空気感を持つ若者に惹かれる。一緒に時間を過ごすことに夢中になるが、彼の持つ秘密が次第に明らかになっていく。抑えられない恋心を知り、多くの人の命が失われてきた街の歴史に触れ、自分の中に生まれた感情を言葉にしようとする主人公の瑞々しい感性が印象的だ。

 幻想的な物語からほろ苦い恋愛まで、色彩も感触も違う七編が収録されている。他者の夢の中に、次々潜入してきたような読後感だ。いくつもの引き出しを持つ著者の、今後の作品に期待したい。

新潮社 小説新潮
2024年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク