「何になるかより、何をやるかのほうが大事」『成瀬は天下を取りにいく』の続編の読みどころ

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成瀬は信じた道をいく

『成瀬は信じた道をいく』

著者
宮島 未奈 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103549529
発売日
2024/01/24
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

Blue

『Blue』

著者
川野芽生 [著]
出版社
集英社
ISBN
9784087718669
発売日
2024/01/17
価格
1,650円(税込)

[本の森 恋愛・青春]『成瀬は信じた道をいく』宮島未奈/『Blue』川野芽生

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)

 滋賀県が生んだスーパー高校生・成瀬あかりが、帰ってきた。宮島未奈氏『成瀬は信じた道をいく』(新潮社)は、昨年刊行された『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)の続編である。京都大学に合格し、活躍の場を広げた成瀬だが、前作同様オリジナリティ溢れる天才ぶりが愛しい。

 五編の短編は、成瀬の周辺にいる人々の視点で描かれる。成瀬が結成した漫才コンビ「ゼゼカラ」ファンの小学生・みらい、娘の成長を寂しくも頼もしくも思っている成瀬父、バイト先にやってくるクレーマー主婦・言実、一緒にびわ湖大津観光大使を務めることになったかれん、そして、ゼゼカラの相方であり、親友の島崎である。

 侍のような喋りと有言実行すぎる行動が、相変わらずで愉快だ。読みながら、成瀬って笑顔を見せないなあと思った。泣き虫の小学生や心配性の父親を安心させるために、笑顔は一番簡単な手段だし、接客業と観光大使には必須だろう。だが、成瀬は無表情でレジを打ち、毅然とした表情で観光大使としての業務を行う。見ている側は反応に困る。だが、正確なレジ打ちのために謎の訓練をし、万引き犯特定のために斬新な方法を思いつき、特技のけん玉で人を集めて地元の見どころをアピールし……。予測不能ではあるが、やるべきことに直球で、誰に対しても誠実だ。表面的な笑顔よりも、ずっと強い力で人々の心を動かす。

「何になるかより、何をやるかのほうが大事だ」と成瀬は言う。ほんとにそうだよね。だけど私は、目の前のことと、自分の生きる場所を作ることに精一杯だよ。一番大切なことを、見失ったままでいいのか。気がつくと私も、成瀬に影響されている。

 スマホ操作を覚え、勉強に打ち込み、国民的行事にまで活動範囲を広げた成瀬が、世界的に活躍する日がいずれ来るだろう。その時まで、見守ることができたら嬉しい。

 川野芽生氏『Blue』(集英社)は、「人魚姫」を翻案した脚本を、文化祭で演じることになった高校生たちの物語だ。主役を演じるのは、女子として学校生活を送っているトランスジェンダーの真砂である。互いの個性を自然に認め合う生徒たちが、人間になりたいと願う人魚姫の存在について、それぞれの視点と感性で議論を重ねていく様子が、清々しく刺激的だ。卒業後、再演が決まるが、真砂は人魚姫を演じることができないと言う。「女の子、やめちゃった」と告白する真砂に、何があったのか。

 後半では、トランスジェンダーとして生きることの困難が、具体的に書かれていく。真砂を追いつめているのは、小説の中の人物や出来事ではなく、私たちが生きている社会のあり方であることに、気づかされた。守りたい人への思いと自分の生き方の間で揺れる気持ちが、選び抜かれた言葉で綴られていき、心をつかまれる。今後の作品からも、目が離せない作家だ。

新潮社 小説新潮
2024年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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