声優、歌手、書評家、エッセイスト……多才な著者の多彩なSF七編

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わたしは孤独な星のように

『わたしは孤独な星のように』

著者
池澤 春菜 [著]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784152103284
発売日
2024/05/08
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

声優、歌手、書評家、エッセイスト……多才な著者の多彩なSF七編

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 人間の共感能力を進化させるきのこ、海中で三十万人の子供たちを育てる祖母、主人公に話しかけてくる〈脂肪の概念〉、土でできた砂漠に生息する不老長寿のビスカチャ(チンチラの仲間の齧歯類)、AIを脳に移植するのが当たり前になった未来の限界集落、異星人によって発見される新職業〈声(せい)俑(ゆう)〉……。どうしたら、こんなにユニークで心躍る「未知のもの」を想像できるのだろう。『わたしは孤独な星のように』は、声優、歌手、書評家、エッセイストとしても活躍する池澤春菜の初めての小説集だ。イマジネーション豊かで文体も多彩な七編を収める。

 たとえば人類と菌類が共生関係になる世界を舞台にしたガール・ミーツ・ガール小説「糸は赤い、糸は白い」は、胞子たちが飛び立つ〈しらしらしらしら〉という音ではじまる。詩的な文章で、思春期の少女の感情の揺らぎを繊細に描く。

「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」は、何をしても体重が減らない編集者の謎を宇宙レベルにまで広げて解いていく、奇想天外かつ抱腹絶倒のダイエットSF。主人公の目にしか見えない〈脂肪の概念〉や、痩せない体の秘密を探るオタク研究者のキャラクターが立っている。名作をもじったタイトルをはじめ、楽しい小ネタがてんこ盛りだ。

 表題作の語り手の〈わたし〉は、亡き叔母の願いを叶えるために老朽化した宇宙コロニーを旅する。そのコロニーの空には星を模した発光体があり、人は生まれると特定の星に紐づけられる。誰かが亡くなると、紐づけられた星を落とす。死者は埋葬も火葬もされることなく消える。喪失を実感しにくい状況で〈わたし〉は、物理学者で読書家だった叔母のことを思い出す。難読症だけれども本が好きな〈わたし〉に、叔母がばらばらの文字を捕まえて読む方法を教えるくだりは忘れがたい。旅を経て孤独な星のような〈わたし〉のなかに星座ができる。美しい物語だ。

新潮社 週刊新潮
2024年5月16日夏端月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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