『センスの哲学』千葉雅也著

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センスの哲学

『センスの哲学』

著者
千葉 雅也 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163918273
発売日
2024/04/05
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『センスの哲学』千葉雅也著

[レビュアー] 東畑開人(臨床心理士)

改行でリズム 文章に輝き

 挑戦的なことに、哲学者千葉雅也は本書の冒頭から「センスが良くなる本」だと高らかに宣言している。だから、読み終わった今、私も告白せざるをえない。

 本当にセンスが良くなった。 その成果をご披露したい。

 と、矢継ぎ早の改行をして、かつ前後に無用な行間を開けてしまうのは、私のセンスが良くなったからに他ならない。新聞的には禁じ手の気もするから、実際の掲載時には行間は詰められている可能性もあるが、そこは読売新聞のセンスを信じたい。

 「ものごとをリズムとして捉えること、それがセンスである」。千葉はセンスの哲学をそう語る。たとえば、リンゴを「甘い果物」と言葉で捉えるのではなく、「赤い色のリズム」として見るときに、私たちは芸術鑑賞のモードになり、センスを発揮しているということだ。

 私の説明ではわかりにくいかもしれないが、大丈夫、読めばわかる。本書は絵画や映画、音楽を例に挙げながら、理論を丁寧に説明してくれているし、それ以上に千葉の文章そのものがリズムに満ちていて、センスの良さとは何かを実演してくれている。

 このとき、文章のリズムを作っているのが改行である。とりわけ短い改行にセンスが光る。何気ない文章が深くなり、異界的な輝きを放ち始める。

 物書きとして、本当に勉強になった。私もこれから、リズムに満ちた文章を書いていこうと思って、この書評の冒頭からガンガン改行してみたのである。

 いや、もしかしたら、センスはまだよくなっていないかもしれない。実はそんな気もしている。でも、大丈夫だ。千葉は練習しているうちにセンスが良くなると励ましてくれてもいる。

 センスは鍛えうる。

 めちゃくちゃ元気の出るメッセージだと思いませんか。(文芸春秋、1760円)

読売新聞
2024年5月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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