『数学の世界史』
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『数学の世界史』加藤文元著
[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)
数字の裏に息づく歴史
高校生の頃、数学が得意ではなかった。いや、はっきり言おう。嫌いだった。果てしない世界へと誘う歴史や地理、オタク心をくすぐる古典の名文などとは違って、教科書の中に無味乾燥に広がるその数字たちは、私を教室の外の空想世界へとは連れて行ってくれなかった。しかし本書は私の数学に対する認識を大きく変えた。無味乾燥に見える数字の世界は、実は世界の歴史の凝縮なのだと。数学はすべてを数字や記号で表す、一見普遍的なものに見える。しかし実のところ、数学の各単元には深い歴史のバックグラウンドが存在するらしい。
本書は四大文明の中で形成されたそれぞれの数学分野の特徴の解説から始まる。それらはいずれもその土地の地理・風土的影響を強く受けて発展した。たとえば古代エジプトの数学は、ナイル川と深い関係にある。エジプトの耕作地帯は定期的にナイル川の氾濫に見舞われた。そうすると必然的に土地の測量にまつわる科学と暦の計算が必要になる。幾何学はその中で発展したものであるという。
著者は古代エジプトの数学を「実用的・経験的知識の集成」として位置づけ、それに対比するものとして、古代ギリシャの数学は具体的な実用性から離れ、抽象的で統一的な理論体系の先駆であったことを説明する。そして古代ギリシャの数学は、万物が存在する理論の証明という点では、今日「哲学」として分類される学問と不可分であった。そう聞くと、「数学」と聞いて思い浮かべうるものはあらかた、古代ギリシャ数学の流れを汲(く)むものである気がする。それはとりもなおさず、我々の数学に対する認識が古代ギリシャ数学をベースにアラビア数学が加わり、「近代西洋数学」として発展したものについてであるがゆえである。
とはいえ著者は、世界史の豊饒(ほうじょう)な空間・時間的広がりの中では「近代西洋数学」は一新興勢力にすぎないと語る。このような科学分野の西洋中心主義と訣別(けつべつ)した多元的な視点も、世界の様々な地域の数学史をカバーする本書の魅力であろう。(KADOKAWA、2420円)