「他の作家の活躍を見ると、うらやましさに内臓がねじれる」作家・寺地はるなが、他者への憧れに苦しむ10代を描いた理由を語る

インタビュー

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どうしてわたしはあの子じゃないの

『どうしてわたしはあの子じゃないの』

著者
寺地はるな [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575527049
発売日
2023/11/15
価格
803円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

親を許すことも、許さないままで生きることも、ひとしく勇気とエネルギーを必要とする。ならばわたしは、「許さなくてもいい」と伝えたい 『どうしてわたしはあの子じゃないの』寺地はるなインタビュー

[文] 双葉社

『水を縫う』で河合隼雄物語賞を受賞、『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞にノミネートされるなど、今最も注目の作家である寺地はるなさん。最新文庫『どうしてわたしはあの子じゃないの』は、寺地さんの出身地である佐賀を舞台にした、10代の少年少女たちの物語だ。

 閉塞感のある田舎の村から早く出て行きたいと願う天、天に想いを寄せる幼馴染みの藤生、東京から転校してきたミナの3人がともに過ごした中学時代に、ある事件が起きる。中学卒業の前に、3人はお互いに手紙を書きあった。30歳になった天達は手紙を開封することになったが、そこに書かれていたのは──。

 どのような思いを込めて本作を執筆したか、お話を伺った。

■他人と自分を比べるのは恥ずかしいことだ、と抑えつけようとすると「うらやましさ」はかえって肥大化する

──本作は、佐賀の村で育った天、ミナ、藤生という3人の男女の中学時代と、時を経て30歳になった現在の3人の姿が語られる物語です。今回の作品を執筆されたきっかけはどのようなものでしたか?

寺地はるな(以下=寺地):10代の頃というのは、自分の持っていないものと他人が持っているものがくっきりと見えて苦しいものだと思います。そしてそんなふうに思ってしまう自分を嫌悪したりもするでしょう。でも、きれいではない気持ちは誰でも持っているし、それはおかしなことでもなんでもないんだ、ということを読んだ人に感じてもらえたらいいなと思って書きました。
 ふだん人には打ち明けづらい感情を共有でき、肯定とまではいかなくても、「その感情、そこにあるよね」と認めてもらえるというのが小説の良いところだと思うので。

──思春期真っ只中の10代の視点と、大人になった視点の双方を描いてみていかがでしたか。

寺地:天、ミナ、藤生はそれぞれ性格の違いはありますが、共通点があります。自分のきれいではない気持ちから目を背けない、なかったことにしない、という点です。それは苦しい生きかただと思います。でも、そういう人のほうがわたしは好きです。
 大人になったと言っても46歳のわたしから見れば、30歳の3人はとても若く、まぶしいです。もう10代ではない、でもあなたたちにはまだまだたくさんの未来も可能性もあるんですよ、と思いながら書きました。十数年後にこのインタビューを読み返したら、現在の自分自身のことも「こんなこと言ってら」とまぶしく、そして気恥ずかしく感じられるのかもしれません。

──タイトルがすごく印象的ですが、このフレーズは作品を書く以前から寺地さんのなかにあったものでしょうか。

寺地:「どうしてわたしはあの子じゃないの」にはふたつの意味があります。文字通り、自分の持っていないものを持つ「あの子」をうらやむ気持ち。それから、「どうしてわたしはあの子のようにならずに済んだのか」という意味です。
 なにか痛ましい事件が起きた時、「被害者の落ち度」について語られがちな傾向があると思います。自分と被害者の違いを見つけ、だから自分はそうはならないはずだ、と安心しようとします。でも主人公の天は「自分もこうなっていたかもしれない」と考えられるような子です。天という人物が生まれた時、タイトルも同時に思い浮かびました。

──作中の登場人物達は、それぞれに他者への強烈な「憧れ」を持ち、時には身を焦がされながら生きています。寺地さんは、他者と自分を比べてしまうことが日々ありますか?

寺地:小説を書いている以上、他人と比べないということも、他人の評価を気にしないということも、ぜったいに不可能だと思います。他の作家の活躍を見ると、うらやましさに内臓がねじれそうになります。そんなことを思う自分を恥じたり、戒めたり、というようなことはいっさいありません。日記に「〇〇さんが〇〇賞をとった。とてもうらやましい。わたしも欲しい」「〇〇さんの本がまた重版している。うらやましい。わたしの『〇〇』も良い作品なので重版したらいいと思う」などと書き連ねます。ひとしきりうらやましがったら、そのあと原稿を書くなど自分のなすべきことをします。他人と自分を比べるのは恥ずかしいことだ、と抑えつけようとすると「うらやましさ」はかえって肥大化します。最初に好きなだけ暴れさせてやったら、徐々に落ちつきを取り戻します。

■「全面的に許す」でも「絶対的に許さない」でもない。この中途半端な状態に耐えていくのが、生きていくということ

──作中で佐賀の「浮立」という実在の伝統芸能が描かれます。寺地さんもご出身の佐賀にいた時に参加されたことはありますか?

寺地:わたしが住んでいた小さい村にも浮立というのがあって、小学校の運動会で毎年踊らされていました。音楽が流れ出すと観覧席のお年寄りが一緒に踊り出すので、もう魂に刻みこまれているのかなあ、とか思いながら見ていました。
 中学生の頃はなんというか自分自身と自分の周囲のすべてが嫌で、こんなどうしようもない人間を周りの人もぜったい嫌っているに違いないと思っていて、人の目を見るのがこわかったです。
 今はいい意味でいろんなものがどうでもよくなったというか、たいていのことが気にならなくなりました。10代の頃は「この人、今こんなふうに思っているんじゃないかな」「ヤダこの人さっき、わたしを見て笑った?」といちいち勘繰ってはぐったり疲れるということを繰り返していましたが、今は他人がどんなことを考えていようがそれはその人の領分なんだから好きにさせておけと思います。

──文庫化にあたり加筆した中に、幼少期から親との関係が悪かった登場人物が、大人になって両親と再会するという場面があります。この場面を描く際に、「親を無理に許さなくてもいい」と寺地さんはお話されていました。

寺地:許すことも、許さないままで生きることも、ひとしく勇気とエネルギーを必要とすると思います。ならばわたしは、許さなくてもいい、と伝えたいと思いました。
 許さないというのは、なにも「二度と会わない」というような極端な方法をとらなければならないわけではありません。親とのかかわりを続けながらも、ある点については許していない事柄がある、という人もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。わたしにもありますし、わたしの子にもあるでしょう。「全面的に許す」「絶対的に許さない」、両極端にふりきるほうが楽かもしれませんが、たいていの人はそうではないでしょう。この中途半端な状態に耐えていくのが、生きていくということなのかな、と思います。

──物語に登場する大人で、中学生の主人公達をほどよい距離から見守る遠藤さんという人物が魅力的ですよね。毎日をより良く生きようとする姿勢や行動を「神さまへの祈り」と捉える考え方が新鮮でした。

寺地:わたしは神さまが存在するかしないかということにはあまり興味がなく、「信じる」をその人が選ぶか選ばないかだと思います。
 よく近所の神社に行くのですが、ここ数年は「何々が欲しい」「何々になりたい」というお願いごとをしなくなりました。「何々が欲しいのでまず何々を頑張ろうと思っています」というようなことをぶつぶつ唱えたりしています。祈るというより自分に言い聞かせているのかもしれません。遠藤さんもそういうタイプだったらいいなと思いながら書きました。

──現在も精力的に執筆を続けられていますが、今後描いてみたいもの、興味のあるテーマなどはありますか?

寺地:じつはもう何年も前から「書きたいもの」というのがありません。なにかしらに出会ったことで、否応なく物語がはじまってしまうのでそれを書いている、というような状態です。「なにかしら」というのはたいそうなものではなくて、店先の一枚のはり紙だったり、誰かがSNSでもらしたひとことだったりします。

──最後に、これから本作を読まれる読者さんへ、読みどころや楽しんでもらいたいところなどを教えてください。

寺地:ふだん人には打ち明けづらい感情を「その感情、そこにあるよね」と認めてもらえるというのが小説の良いところ、だとさきほどお話ししましたが、自分にはない思考や感情に触れられるのもまた魅力だなと思いますので、そこを楽しんでいただけたらいいなと思います。
 また、ある他作品の主人公がゲスト出演(?)するので、両方読んでくださったかたには「あ!」と思っていただけるのではないでしょうか。

 ***

寺地はるな(てらち・はるな)プロフィール
1977年、佐賀県生まれ。大阪府在住。2014年『ビオレタ』で第4回ポプラ社小説新人賞を受賞し、デビュー。20年『夜が暗いとはかぎらない』で第33回山本周五郎賞候補。21年『水を縫う』で第42回吉川英治文学新人賞候補、同年同作で第9回河合隼雄物語賞を受賞。23年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞。他の著書に『夜が暗いとはかぎらない』『カレーの時間』『白ゆき紅ばら』『わたしたちに翼はいらない』などがある。

COLORFUL
2023年11月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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