あの頃の僕にとって歌舞伎は、どちらかというと面白くない、楽しい存在ではなかった

 僕自身、両親から歌舞伎俳優になるようにと言われたことはありません。中学3年間はバレーボールに打ち込み、歌舞伎関連のお稽古ごとは一切せず、それこそ歌舞伎を観にも行きませんでした。歌舞伎に興味がなかったわけではありませんが、その時はバレーボールに興味が向いていただけです。もし親に「お父さんが出演しているから、観に行きなさい」と強制されていたら、歌舞伎が嫌になっていたかもしれませんね。好きにさせてもらえてありがたかったです。
 将来のことを考えたのは、高校進学のタイミングでした。
 中学3年の時、バレーボール部で全国大会にあと1勝のところまで勝ち進み、すると高校の選択肢が広がりました。そのまま通っていた中学の併設の高校に進学してバレーボール部に入部するか、強豪校に進学して、春高バレーを目指すか、もしくはバレーボールをきっぱりやめて、歌舞伎の道に進むか。
 舞台にも立たずお稽古もしなかったこの3年で、同世代の役者さんたちとはひと味違う経験を重ねてきた自負はありましたが、空白の時間で技術的に失ったものはたくさんあるかもしれない。歌舞伎俳優を目指すのなら、お芝居に出やすい環境が整っている高校に進学すべきだと思いました。
 けれども、なかなか決断できなくて。そもそも歌舞伎の家に育ったからと言って、歌舞伎俳優の本質や有り様が分かるわけではありませんし、あの頃の僕にとって歌舞伎は、どちらかというと面白くない、楽しい存在ではなかった。ただ、せっかくこの家系に生まれたからには、やった方がいいのかなという想いも芽生え始めていて。
 失礼な言い方で本当に申し訳ないのですが、最終的にはすごくふわっとした感じで、歌舞伎俳優になりたいからではなく、技術を補うために、歌舞伎とお稽古に専念できる高校に入学しました。