希望のゆくえ

希望のゆくえ

  • ネット書店で購入する

 男子高校生のふたりづれだった。学年ごとに決められているネクタイの色で、同じ一年生だとわかった。ふたりづれのひとりがしゃがんで、散らばったものを拾いはじめた。由乃にとってみればゴミ以外のなにものでもない、レジ袋のなかみを。
 もうひとりは、すこし離れたところに立って、困った顔をしていた。柳瀬、遅刻するって。そう声をかけられて、しゃがんでいた男子生徒が顔を上げた。そこでようやく、由乃の立っている位置からも顔が見えた。
「さき、行っていいよ」
 その白い頬や華奢きゃしゃな骨組みから想像していたよりずっと低い声が、柳瀬と呼ばれた男子生徒から発された。
 もうひとりの男子は「もー」と困った声を出しながらも先に行こうとはしない。それでも、拾うのを手伝う気はないようだった。触れたくないのだ。由乃と一緒で。
 そういえば鞄の金具が、ふくろさんのあのレジ袋に触れたのだ。除菌ウェットティッシュでごしごし拭きたくなる。
 散らばったものをすっかり拾い集めてふくろさんに手渡し、ようやく柳瀬くんは立ち上がった。そうして、歩いてきた。由乃はその場から動くことができずに、じっとしていた。近づいてくる。この人たちは、見ていただろうか。由乃の鞄がぶつかったせいでふくろさんのレジ袋がやぶれたところを。謝りもせずに走って逃げたことを。さっきより近づいたせいで、柳瀬くんの顔がよく見えて、だからますます動くことができなくなった。息をするのも忘れるほどだった、なんて、なんて、ああ、なんて、とばかみたいに心の中で繰り返した。なんてきれいな顔をしているんだろう。
 柳瀬くんは、由乃に目もくれなかった。そこにいることさえ気づいていなかったのかもしれない。
「柳瀬、あんな変なのと関わるなよ」
 由乃の前を通り過ぎる瞬間、柳瀬くんの友人が声をひそめてそう言った。
「あの人はべつに変な人じゃないよ」
…がまた、ごちゃごちゃ言ってくるよ」
 名前らしき部分は、よく聞き取れなかった。
「誰がなにを思っても自由じゃないの? 他人の心は他人のものなんだから」
 さらさらと、砂のこぼれるような口調だった。