「私は死にたい」声が伝える戦争体験

レビュー

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「私は死にたい」声が伝える戦争体験

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 待望していた本である。一月にNHK‐BSで見た、これぞスクープという「音声」が詰まったドキュメンタリー『密室の戦争』の書籍化である。「まえがき」で番組プロデューサーの松本卓臣は、「戦場を生きる人間の魂と言葉」が「完全冷凍保存」された音源だった、と驚きを隠していない。私もまさにその通りだと思った。

 十三時間分の音源には、四人の日本人捕虜が登場する。隠し録りされた記録は、軍服を剥ぎ取られ、尋問室にひとり連行され、「戦争」に向かい合わされる無名の日本人の姿そのものである。三人は民間人を処刑した「戦争犯罪」の追及を受けている(うち一人は戦後の裁判途中に首を吊って死んでいたと取材中にわかる)。残る一人は連合軍への協力を執拗に要請されている。マジックミラー越しに、尋問ドラマに立ち会っているかのようであった。戦後の「反省」も「記憶」も介在していない、戦中の日本人が苦しげに、そこに座っている。

 著者である番組ディレクターの片山厚志は、国会図書館の憲政資料室で、職員から「米国立公文書館に捕虜尋問の録音があるらしい」と耳打ちされる。アメリカ在住のウィンチ啓子に調査を依頼する。録音は公開資料ではあるが、まだ誰もアクセスしていないことが判明する。送られてきた音源はノイズだらけで聴き取れない。やっと聞こえてきた声は「できましたら、私は死にたいんです」と語っていた。

 音源を最新技術でクリアに復元することと、ローマ字で書かれた四人の捕虜の名前の特定と足跡探しが並行して行われる。「私は死にたいんです」の声の主イナガキは、秦郁彦『日本人捕虜』に出てくる海軍主計大尉の稲垣利一と判明する。稲垣は東京帝大で中曽根康弘や鳩山威一郎(鳩山由紀夫・邦夫兄弟の父)の同級生だった。尋問場所がオーストラリアのブリスベーンだったこともわかってくる。

 遺族に辿りつき、音源を聞いてもらうまでや、関係者を探して現地に海外取材をするといったいわゆる番組メイキング部分と、音源を文字化して、尋問を再現する部分の双方から成る書籍『密室の戦争』は読ませる。機動力と組織力と財力が投入できるNHKの強みは、本の内容の厚みとなって表われている。

 戦争物ノンフィクションがテレビ番組発で占められることになって久しい。戦争体験者の高齢化と減少に伴い、当事者取材はほぼ不可能になり、新資料の出現は圧倒的に海外のアーカイブスに依存せざるを得なくなっているからだ。戦争体験の継承がもしあるとしたら、そのもっとも重要な担い手として、NHKが果たしている役割は大きい。『密室の戦争』ももともとは昨年八月に総合テレビで放送されたものである(私が見たのは再編集された長尺版だった)。「八月ジャーナリズム」のにぎわい(とあえて陽性に言おう)があった「戦後七十年」の昨年に比し、今年の八月は淋しかった。NHKはオリンピックにかまけて、公共放送の使命を忘れてはいないか、との危惧の念すら持たされた。

 戦争が遠い過去になりつつあることは、『密室の戦争』の捕虜四人が誰も現存していないことでもわかる。かろうじて息子たちが健在だったのは、少年戦車兵の尾方駒三郎のケースだった。尾方が息子に話した戦争は、初陣の時に手が震え鉄砲の引き金を引けなかったが、隣の兵士が死んだのを見て、夢中で撃ったということくらいだった。片山ディレクターと野呂剛士カメラマンは、父が捕虜の処刑を命じられたことを伏せて、取材に臨む。片山は三ヶ月間の葛藤の末、カメラを回すことを選ぶ。父の肉声を聴かされて、顔を歪める息子たちの表情は放送で見る限りは「いい絵」である。この不意打ちは、カメラという圧力の前で、無辜の人への「反省」を強要することになっていないか。片山の正直な胸の内を本書で知った後でも、すっきりはしない。

 放送でも書籍でも、捕虜たちの中で一番大きく取り扱われているのは、稲垣利一である。英語を使える外交官志望者であり、戦争に疑問を持つインテリであり、戦後は「感ずる所あって」官僚にはならず、学術書出版の道を進む。「自分は墓には入れない。(死んだ)仲間に顔向けできない」と語り、八十七歳で亡くなると、相模湾に散骨されていた。

 稲垣はニューギニアのポートモレスビー攻略作戦に参加し、栄養失調とマラリアの高熱で動けなくなり、自決をするが、銃が壊れていて目的を達せられなかった。稲垣の場合、尋問は英語で丁重に行なわれる。敵味方の立場である尋問官と稲垣は、戦争について「対話」をしている。お互いを認め、理解しようとしている。稲垣は英語で話しながら、心情のやわらかな部分に触れると、日本語に切り替えることを乞う。その一箇所が「私は死にたい」である。稲垣は無理と知りつつ、「薬か、拳銃でも貸していただけたらと思います」と口にする。

 私はここで大岡昇平の『俘虜記』を思い出した。戦争を遂行する日本に批判的だったインテリ老兵の大岡は、捕虜尋問の直後に突然、「殺せ、すぐ射ってくれ、僚友がみんな死んだのに私一人生きているわけに行かない」と叫ぶ。大岡と稲垣という二人に共通したこの心情の揺れを戦後の私たちが追体験することは難しい。「戦争」を知る核心がそこにこそあるにもかかわらず。大岡の文章と稲垣の肉声が響き合う地点にこそ接近しなければならない。そのためにも稲垣利一の音源は、NHKのサイト「戦争証言アーカイブス」で是非、全編公開してもらいたい。

新潮社 新潮45
2016年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加