<書評>『歴史と危機意識 テロリズム・忠誠・政治』橋川文三 著

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歴史と危機意識

『歴史と危機意識』

著者
橋川文三 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784120056673
発売日
2023/06/21
価格
3,520円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『歴史と危機意識 テロリズム・忠誠・政治』橋川文三 著

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

◆暗殺の原型あぶり出す

 昨夏の安倍元首相暗殺事件で、まず思い出されたのは100年前に立て続けに起こったテロだった。大富豪・安田善次郎を刺殺した朝日平吾、平民宰相・原敬を東京駅で刺殺した中岡艮一(こんいち)。2人のテロリストは、演説中の安倍晋三を手製の銃で斃(たお)した山上徹也の遥(はる)かなる先輩ともいえる。

 本書『歴史と危機意識 テロリズム・忠誠・政治』は、今回のテロを日本近代史の中で再考するために出された本であろう。著者の橋川文三はすでに40年前に物故しているから、事件を知るはずもない。しかし、本書に集められた論考には事件を考える手がかりがあちこちに埋め込まれている。政治思想史家として、評論家として、橋川は「政治的暗殺」を自らのテーマとし、朝日平吾などに「一種不幸な悲哀感」(『昭和維新試論』)を嗅ぎ取る文学者的資質をも兼ね備えていた。テロに傾斜した晩年の三島由紀夫が、最も信頼を寄せた手ごわい批判者は橋川であった。

 60年前に書かれた「テロリズム信仰の精神史」は、浅沼稲次郎暗殺事件、「風流夢譚(ふうりゅうむたん)」事件という未成年の右翼テロリストが出現した騒然たる時代の論考である。ここでは明治9(1876)年の神風連の乱、昭和11(1936)年の二・二六事件、敗戦直後の大東塾生集団自刃といった参照軸が提出され、それだけでなく石原慎太郎の「審美的な」テロ小説に、「戦後テロリズムの原型」を見る。

 三島事件の翌年に書かれた「日本テロリズムの断想」では、昭和7(1932)年の血盟団事件の小沼正、昭和10(1935)年の永田鉄山斬殺事件の相沢三郎に「日本独自のテロリズム」の典型を見ている。

 幕末維新から昭和までを俯瞰(ふかん)した本書を読んでいると、今回のテロの特質も炙(あぶ)り出されてくる。橋川に導かれて事件を見直すと、あらゆる局面で、緊迫度がかつてと違うように覚えてくる。罪を犯すテロリストだけでなく、事件を論じる側にも、そして警察権力にも、「倫理」と「緊張感」の欠如を感じてしまうのだった。

(筒井清忠解説、中央公論新社・3520円)

1922~83年。思想史家・評論家。著書『日本浪曼派批判序説』など。

◆もう一冊

『近代日本暗殺史』筒井清忠著(PHP新書)。朝日平吾と中岡艮一の実像を徹底的に解明。

中日新聞 東京新聞
2023年9月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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