<書評>『北支宣撫(せんぶ)官 日中戦争の残響』太田出(いずる) 著

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北支宣撫官

『北支宣撫官』

著者
太田 出 [著]
出版社
えにし書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784867221228
発売日
2023/10/15
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『北支宣撫(せんぶ)官 日中戦争の残響』太田出(いずる) 著

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

◆近代日中関係を再考

 「宣撫」とは、今では聞き慣れない言葉だ。本書に次々と登場する「宣撫官」とは、著者・太田出によれば、「中国の占領地で民衆の人心安定のために食糧の配布など懐柔を任務とした旧日本軍の嘱託」である。その数三千七百人余り。トップの宣撫班総班長・八木沼丈夫は、「討匪行(とうひこう)」の作者としてかすかに記憶されているかもしれない。

 「武器なき戦士」として大陸の民衆の中に入り込んでいった彼らの多くは無名の存在である。意外な名前では木下サーカスの木下光三、後の東京都知事、鈴木俊一がいる。

 本書は禁錮12年の罪を了(お)え、60年安保の翌年に帰国の途についた笠実(りゅうみのる)の人生に沿って書かれている。帰国時こそメディアで取り上げられたが、以後は沈黙の人生を送る。

 兵役に不合格だった笠実は、得意の中国語を生かし、三十三歳にして大陸に天職を見つけた。その選択は「侵略主義の尖兵(せんぺい)」に過ぎなかったのか、それとも「人道的行為」だったのか。そうした単純な黒白の議論を排して、宣撫官たちのライフヒストリーに即して近代日中関係を再考したのが本書である。

 「(宣撫官たちは)中国民衆とふれあうなかで次第に国内での報道や宣伝と離れて、それぞれの中国像・中国人像を結ぶようになっていった。日本軍国主義からは距離をおきつつも、いまだに国民党や共産党の論理に巻き込まれたわけでもない、いわばグレーゾーンとでも称すべきような状態へと移行していった」

 著者は京大教授の歴史学者だが、ドキュメンタリーの手法をとっているために本書は読みやすい。笠実の沈黙を補うために、中国人宣撫官・陳一徳の戦後や、問題の人物・城野宏(丸山眞男(まさお)の友人)の派手な言動にも目を注ぐ。

 地味な笠実の存在が突然大きく出現するのは、本書の最後の最後、文革の評価をめぐってだった。笠実は沈黙を破る。「毛沢東の奪権闘争にすぎなかった文化大革命を支持し、友好のふりをしながら、中国人民に不幸をもたらした」元宣撫官の仲間たちに、笠実は鋭い問いを突きつける。

(えにし書房・2970円)

1965年生まれ。京都大教授。著書『中国近世の罪と罰』など。

◆もう1冊

『対日協力者の政治構想 日中戦争とその前後』関智英著(名古屋大学出版会)

中日新聞 東京新聞
2023年11月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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